【Column】:TRPGよもやま話 01-10
このページはTRPGに関する事を色々考え、
もっとTRPGを楽しむ為の方法を考える、
ごった煮考察ページ
です。
コラム・目次
1.育ちすぎた冒険者
2.そのゲームは演技を必要としますか?
3.みんなが楽しんでますか?
4.ハック&スラッシュは駄目ですか?
5.プレイヤー同士で喧嘩をしていませんか?
6.マスターって難しいですか?
7.こんなマスターって困りますよね?
8.こんなプレイヤーも困りますよね?
9.セッション後には何をしますか?
10.TRPGを「勉強」してませんか?
1.育ちすぎた冒険者
いきなりハードな話題かも知れませんが...キャンペーンなどをすると、キャラクター達は加速度的に強くなっていきます。
キャンペーン序盤ではまだまだボウヤ(お嬢さん?)だったキャラクター達も、終盤に至っては世界を救う(かも知れない)勇者になっている事でしょう。
こうなると、TRPGは凄く面白くなります。キャラクター達はドラゴンをなぎ倒し、世界の危機を何度でも救うでしょう。
でも、何事にも終わりはやってきます。世界でもっとも恐ろしいモンスター(例えばドラゴン)を易々と葬るキャラクター達は、すでに「世界の敵」、または「世界の脅威」になってしまうのです。
ですから、
育ちすぎた冒険者は引退しなければなりません。
そう、こんどはそのキャラクター達が英雄物語に出てくる「英雄を育てる老人(もしくは隠者)」になる番なのです。
キャラクターとの別れは寂しいですが、あなたとキャラクターは近くて遠い存在です。
「世界の脅威」になり得る育ちすぎたキャラクターは、引退する事で「世界の一要素」に戻る事ができるのです。
如月翔也
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2.そのゲームは演技を必要としますか?
今度はゲームシステムについてのお話です。
TRPGは「演技を楽しむゲーム」です。ここでいう「演技」とは「なったつもりで」という類の物です。
でも、ゲームシステムによっては「キャラクターの台詞をキャラクターっぽく言う」事(=なりきる事。ここでは
降臨
させると記しましょう)が求められる物も少なくありません。
私は個人的にはこのようなタイプのゲームは好きではありません。私自身は「演技過剰」+「いつでもキャラクターの台詞をキャラクターっぽく言う」という、まさに
降臨しっぱなし
の人なのですが。
私は別に、降臨させる事がイコール演技であるとは思わないんですね。
淡々とした説明口調で、「キャラクターらしい言動」を言うのも、また、TRPGにおける演技であると思うのです。
キャラクターを降臨させると、空想(幻想)の中でなく、実世界でキャラクターの台詞が再現されてしまいます。
ところが逆に、淡々とした説明口調を使った場合、実世界でこそキャラクターは再現されない物の、適切な表現さえ使えれば空想(幻想)世界の中では降臨させた時以上の
リアリティをもった言動
を取る事が可能でしょう。
その可能性を、ルール的に潰してしまうのはどうか、と思うのです。
みなさんは、このような意見にはどのような考えをお持ちでしょうか?
こういう事を考えてみるのも、また楽しいかも知れませんよ。
如月翔也
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3.みんなが楽しんでますか?
今度は、プレイヤーについて考えてみましょう。
TRPGはプレイヤーがいなくては始まりません。GMが用意したシナリオを完成させるのは、他でもないプレイヤーなのです。
どんなにショッキングでスリリングなシナリオを作っても、プレイヤーがいなければセッションになりませんよね。
プレイヤーには色々なタイプがいます。
例えば、シナリオを引っ張るアクティブなプレイヤー、冷静に「流れ」を把握してうまく行動するプレイヤー、演技のうまいプレイヤー、ただ話を聞いているプレイヤー、ゲームに参加しないプレイヤー等々...色々いますよね。
その色々いるプレイヤーですが、これだけは認められないプレイヤーというのは存在します。
それは、
「みんなが楽しむ」事を阻害するプレイヤー
です。
TRPGはキャラクターが「何をしてもいい」ゲームではあります。
しかし、それがゲームである以上は、「楽しむ」事が目的なのです。
ここで注意しなければならないのは、「自分が」楽しむ事ではなく、「自分を含めた皆」が楽しむ事が大事である、という事なんですね。
これを忘れたプレイヤーが1人でもいると、セッションはとたんにつまらなくなります。
これはキツイ言い方かも知れませんが、TRPGはコミュニケーションの遊びです。
この「コミュニケーション」の基本が出来ていない人は、TRPGはおろか、一般社会からも相手にされないでしょう。
当然、サークルでもクラブでも、「性格矯正所」ではありませんから、そんなプレイヤーには参加して頂かなくて結構なのです。
今回はちょっと書き方がキツかったでしょうか?
ですが、TRPGとはそういう物なのです。貴方も、TRPGをする時には、ほんのちょっと周りに気を使うと、もっと楽しいゲームが出来ると思いますよ。
如月翔也
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4.ハック&スラッシュは駄目ですか?
TRPGにはハック&スラッシュというプレイスタイルがあります。
古典的TRPGのD&Dの頃からあるスタイルで、「迷宮に侵入し、モンスターを根こそぎ殺して宝物を稼いで帰ってくる」スタイルです。
初期のTRPGではある意味当たり前のプレイスタイルでしたが、TRPGが進化し、演技や設定等が重視されるようになってからは、古いスタイルになってしまいました。
それどころか、最近の風潮では戦闘をTRPGの華と考え、戦闘時に綿密な計画と冷静な確率分析、それに「有利さを求めた」戦闘オプションによって戦闘を行う事を「ハック&スラッシュ」スタイルとして、悪い物とみなす嫌いもあります。
演技やシナリオ、設定を楽しみと考える種類のTRPGでは、確かに
戦闘だけ
にこだわるのはいい事とは言えません。
ですが、「設定」や「演技」にこだわり、戦闘を軽視するのはどうでしょうか?
確かに、キャラクター達が低いレベルであれば、その戦闘も間抜けだったり非合理的だったりするのが普通でしょう。
しかし、ある程度のレベルに達したキャラクターが間抜けな戦闘をしていていいものなのでしょうか?
キャラクターのレベルが高い、という事はすなわち
何度も死線をくぐり抜けてきた
という事でしょう。そのようなキャラクターであれば、戦闘はあくまでも冷静に有利に進めるのではないでしょうか?
そうでないキャラクターが高レベルになるまで生き残れる程、その世界の冒険者というのは「甘い」物なのでしょうか?
私は、演技や設定を大事にするのであれば、逆に「戦闘」も大事にして欲しいと思います。戦闘とは命を懸けて「何か」をつかむ場面でしょう。そうであれば、戦闘ほどキャラクターが「立つ」場面はそうそうないはずです。
少なくとも、レベルの高い魔法使いが戦闘で無駄な魔法を使う、というのは無いようにしたいですね。
如月翔也
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5.プレイヤー同士で喧嘩をしていませんか?
TRPGはキャラクター演技のゲームです。
様々に設定されたキャラクター達が一緒に行動している以上、利害が一致しない場合や意見の相違から対立状態になってしまう事も、ままあります。
TRPGは
「みんなで楽しむ」
為の遊びですから、対立状態というのはあまり望ましい物ではありません...と、言う訳でもないんですね、これが。
キャラクター同士
がお互いの意見をぶつけ合い、その中で「よりベター」な意見を作っていく、というのも物語では重要とされるシーンですし、これをプレイの中で再現する事ができれば、それは最高のセッションであるとも言えるでしょう。
ですから、パーティ内での意見の対立はあっても良いのです。むしろ、個性豊かなメンバーが集まったパーティで、意見の対立が起きない方が不思議です。
でも、
絶対にしてはいけない対立
もあります。
それは、
プレイヤー同士の対立
です。
プレイヤー同士が、キャラクター演技としての「キャラクター同士の対立と和解」を楽しむのはとてもいい事です。しかし、まれに(よく?)プレイヤー同士で対立している構図が見られます。
これは、最悪ですね。ゲームをする事で人間関係にヒビを入れてはいけません。
ゲームで人間関係にヒビを入れたいのであれば、TRPGではなく、マルチプレイヤーゲームでもやってて下さい。
TRPGは前にも書いた通り、「コミュニケーション」の遊びで、「全員で楽しむ」遊びです。
それが出来ない様であれば、TRPGの
適性
がありませんから、それが出来るようになってからTRPGを遊んで下さいね。
如月翔也
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6.マスターって難しいですか?
TRPGを楽しむ人というのは、大まかに分けると2つのタイプがあります。
「プレイヤーを楽しむ人」と「マスターを楽しむ人」の2種類です。
そして、「プレイヤーを楽しむ人」に「マスターをやってみたいと思わない?」と尋ねてみると、意外に多くの人が「マスターって難しそうだし」と答えます。
マスターって、難しいんでしょうか?楽しくないんでしょうか?
私はどちらも
「否」
だと思います。
たかがゲーム
で、難しくて楽しくない役目を引き受ける人間なんている訳ありません。
と、言う事は、マスターは
「難しくなく」「楽しい」
ものなんですよ。
マスターは、一度キメるとやめられない、そんな魅力を持っています。
物語の背景を作り、豊富なNPCを配置し/操り、プレイヤーキャラクター達の干渉をうまく流れに紡ぎあげ、そして
「楽しく」「スリリングで」「エキサイティングな」「美しい」
一つの物語へと織り上げていく事ができるのは、作り手であり紡ぎ手であるマスターだけが出来る事なのです。
今まで「マスターはちょっと...」と思っていた貴方、一度、マスターをやってみませんか?
プレイヤーとはまた違った、重層的な楽しみが貴方を待っていますよ。
如月翔也
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7.こんなマスターって困りますよね?
TRPGの進行役にして判定役、そしてシナリオを提供してくれる神のような存在、それがゲームマスターです。
色々な人とTRPGをやっていると、色々なタイプのマスターに出会います。
ゲームマスターによって、同じゲームでもルールの解釈が違ったり、世界観が微妙に違ったりする事も多いのですが、これもTRPGの楽しみの一つですよね。
でも、「これはちょっと...」というマスターに出会ってしまう事もあります。
例えば、シナリオは美しいけど、PCが全然関与できなくて、NPCの一人芝居(GMの1人芝居、かな?)になってしまう
1人演技マスター
。
ルールのカスタマイズにのめり込みすぎて、全然違うルールになってしまっている
カスタマイズマスター
。しかも、ハウスルールである事を最初に言ってくれないので余計に混乱してしまうタイプ。
あるいは、明らかにPCを殺しにかかってくる、バランスの取れていない戦闘を数多く仕掛けてくる
虐殺型マスター
。
確かに、TRPGのやり方は色々ありますし、マスターのやり方も色々あるのですが...
マスターをするのであれば、プレイヤーが楽しんで、「その上で」マスターが楽しむのがTRPGのマナーですよね。
そのマナーをしっかりと守って、楽しいTRPGをしたいものです。
特に、上に書いてあるタイプのマスターは「初心者」を越えたあたりで陥ってしまう事の多い、「中級マスターの罠」です。
「初心者マスターはもう卒業した」という貴方、自分のマスタリングとそのスタイルを一度振り返って見て下さい。
貴方はどれにもあてはまっていないでしょうか...?
如月翔也
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8.こんなプレイヤーも困りますよね?
マスターの話が出たので、今度はプレイヤーの話をしましょうか。
TRPGの主役にして物語をよりエキサイティングにする役目を持つ人、プレイヤー。
マスターの頭の中でどんな素敵なシナリオを作っても、プレイヤーを相手にセッションをしないと、決してTRPGにはなりません。
人の性格は千差万別であるように、プレイヤーのスタイルも千差万別であるのは言うまでもありません。
千差万別のプレイヤーがいるからこそ、TRPGは「1人では決して作る事のできない物語」を紡ぎ出す事ができるのです。
でも、やっぱりマスターをやっていると「これは困ったなぁ」というプレイヤーにも出くわしてしまう事もあります。
例えば、通常シーンには何もせず、戦闘シーンにだけ目を光らせて喜ぶ
バトルプレイヤー
。
通常シーンでトラブルを起こしまくり、周囲がメチャクチャになるのを楽しむ
Jokerプレイヤー
。
ルールや世界観にやたら詳しく、シナリオや設定の重箱の隅をつつく事を趣味としている
つっつきプレイヤー
。
確かに、TRPGは好きに楽しむものなのですが...「みんなで」という部分を忘れてしまっているプレイヤーは、こんな感じのプレイヤーになってしまう傾向があるようですね。
また、こんな感じの「悪意のない」困ったプレイヤーもいます。
一生懸命に楽しんで、周りを巻き込むまではいい物の、そのまま暴走する
暴走機関車プレイヤー
。
一生懸命に考えて、本人なりに真面目に判断した結果が全然逆方向に行ってしまう
逆走プレイヤー
。
時折妙に鋭くて、GMの考えを根底から覆すようなアイディアを出してしまう
アイデアマンプレイヤー
。
ここら辺はそれほど問題でもないものの、それが複数名いると「大変困った状況」になってしまう事もあります。
TRPGでは、プレイヤー同士が「楽しむ」事が基本ですが、暗黙の了解としてマスターをも楽しませる様にプレイする事が必要です。
貴方は、どれかのタイプに該当していないでしょうか?
(ちなみに私は...内緒です)
如月翔也
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9.セッション後には何をしますか?
みなさんは、TRPGのセッションを楽しんだ後、何をしていますか?
私は、時間が許すのであれば、みんなで
セッションについての話
をします。
TRPGでセッションをした後で、今回のセッションの内容について、話し合うのも楽しい時間ですね。
自分のキャラクターが格好良く行動できた所、他のプレイヤーの見せ場シーンについて、マスターの作ったシナリオの面白かった所。こんな話をしていると、下手をするとセッション以上に時間がかかってしまう事もよくある話なのではないでしょうか。
セッション後の興奮を引きずったまま、思いついた事をただ話しているだけの時間なのですが、実はこれはマスター/プレイヤー共に
大きなメリット
がある行動なんですね。
マスターとしては、自分の作ったシナリオがどれだけ評価されているか、どこがウケたか、という事がが直感的に分かりますから、
自分なりの「楽しませ方」のノウハウ
を蓄積するには最適です。
プレイヤーとしても自分の行動のどこが良かったのか、他のプレイヤーはどこが良かったのか、という事が分かり、「次はこの人のを真似してみようかな」など、
ロールプレイに幅を持たせる
事ができるんです。
TRPGはほぼ1日という時間を使ってしまう為、そうそう数多く遊べる物ではありません。
ですから、マスターもプレイヤーも、時間の許す限りのシナリオを作ってセッションを楽しみたい、と思う気持ちはよく分かるのですが...
プレイ後に、1時間くらい、みんなでセッションについて雑談する時間を設けてみるのも、また楽しくて有意義な事だと思いますよ。
如月翔也
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10.TRPGを「勉強」してませんか?
曰く、「TRPGは面白い」。曰く、「TRPGは最高の遊びだ」。
私も、そう思います。最高の仲間と最高のセッションを行う事ができた後などは、心底「TRPGは最高に面白い遊びだなぁ」と思います。
確かにTRPGは面白いです。ハマればハマるほど面白いですから、一度ハマるとどんどんとハマって行きます。
そして、仲間内がその意識で固まってしまうと、次はみんなで
TRPGの研究や勉強
を始めてしまう事もよくある話なのではないでしょうか。
例えば、コラム9で取り上げた「セッションについての雑談」が、「マスターの良かった所/悪かった所」、「プレイヤーの良かった所/悪かった所」という話で固定されていったりもします。
それは、本質的には悪い事ではありません。でも、ここではあえて
「待った!」
をかけてしまいましょう。
何故、「待った!」をかけるかというと、この「勉強会」は、マスターやプレイヤーの意欲を削いでしまう事が多々あるからなのです。
人間、たかが遊びで人に悪く言われたくはありません。特に、大人数の前ではなおさらの事です。
しかし、「勉強会」では、
「他人の長所を褒める事は難しく、短所をあげる事は簡単である」
という、社会の常識がモロに出てしまう事が多いのです。
その結果、「勉強会」では「ここが悪いよ」「ここをこうすればもっと良かった」という意見が続出し、「もっとTRPGを楽しくしよう!」という目的だった「勉強会」が、苦痛に満ちた時間になってしまうんですね。
毎回毎回、折角のセッションが最後に台無しになってしまいますから、「こんな事をするくらいならマスター(プレイヤー)辞めるよ」という気になる人がいても不思議ではありません。
その結果、意欲的にTRPGをやっていた集団が、どんどんと縮小していき、ついには...という事も、
充分にありえる
のです。
個々人でTRPGを勉強するのはとてもいい事です。
でも、集団でTRPGを勉強するのは...やめた方がいいですよ?
如月翔也
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