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【Column】:TRPGよもやま話 11-20
 このページはTRPGに関する事を色々考え、
 もっとTRPGを楽しむ為の方法を考える、
ごった煮考察ページです。

コラム・目次
11.TRPGの変遷(第1世代)
12.TRPGの変遷(第2世代)
13.TRPGの変遷(第3世代)
14.最近のTRPGの傾向
15.プレロールドはいかがですか?
16.どちらのリアリティをとりますか?
17.「闘う者」のリアリティ
18.ファンタジー世界での冒険者
19.ウィザード
20.個性と強さ

11.TRPGの変遷(第1世代)

 さて、最近はちょっと問題提起が多かった様ですので、今度はまっとうなコラムと行きましょうか。
 私たちが楽しんでいる「TRPG」、これは初代D&Dが発売されてから様々な人に遊ばれ、その遊び方も変化して行きました。
 それに従ったのか、それとも時代をリードしていったのか、TRPGのルールも初代D&Dのルールに比べると、色々な形に変化をしています。
 では、TRPGはどのような変化を遂げて来たのかを、ちょっと振り返ってみましょう。

 TRPGの元祖と言えばD&Dです。
 そのD&Dをはじめとする初期のTRPGは、簡単にまとめてしまうと「迷宮と戦闘のゲーム」でした。
 「迷宮」という幻想世界でモンスターとの戦闘を楽しみ、そして冒険物語に付き物の「多大な財宝」を手に入れるというシチュエーションの「シミュレーションゲーム」の変化球、といったゲームでした。

 しかし、それでもTRPGは画期的(革命的)なゲームでした。
 プレイヤー1人が1人のキャラクターのみを扱う事により、今まではゲームの駒に過ぎなかった「キャラクター」に感情移入する事ができるようになった事。
 プレイヤー同士で競うのではなく、協力するという新しい形式。
 ゲームをまとめる「ゲームマスター」という存在により、かなりの自由度が保証された事。

 この全ての要素が、今までのシミュレーションゲームには決して存在し得なかった物であり、TRPGは「戦記物」を遊ぶシミュレーションゲームとは違い、「幻想文学」の重要シーンを楽しめるゲームとなったのです。

如月翔也

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12.TRPGの変遷(第2世代)

 こうして新しい遊びとして発表されたTRPGは、様々な人によって遊ばれました。
 そして、その中で、「迷宮だけではなく、街でも遊びたい!」という意見や、「この世界って、どういう世界なのだろう」という疑問が持ち上がってきました。

 そう、TRPGは自由に遊べる遊びであるからこそ、もっと様々な事をして遊びたいというプレイヤーの想いを強めてしまったのです。

 TRPGの舞台は、今までは冒険の出発点・迷宮に行く前の点でしかなかった「街」や「村」を含む、世界全体へと広がっていったのです。
 そして、ただ「普通」であった「街」にも様々な特色が作られ、その中に住む人々も細かに設定されるようになりました。
 例えば、街の領主が真面目なのか、それとも不真面目なのかだけでも、TRPGのシナリオを作る為の重要な情報になって行ったのです。

 そして、TRPGは「変形版シミュレーションゲーム」から、「世界を表現するツール」へと変化していきました。
 TRPGの冒険者の世界は、狭い迷宮から広い世界まで広がって行ったのです。

如月翔也

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13.TRPGの変遷(第3世代)

 こうして「異世界」全体を表現するに至ったTRPGですが、プレイヤーはまだ満足しませんでした。
 「独特の世界」、「独自の歴史」そして「特徴的な街」、更に「個性的なNPC」が揃った所で、プレイヤー達は今度は自分のキャラクターも「個性的」である事を望んだのです。
 これは全く当然の成り行きでもあります。
 「現実世界」であろうが「異世界」であろうが、人間というものは画一化された存在である訳がないのですから。
 また、「個性的なキャラクター」を、ゲームマスターの専売特許にしてしまう程、プレイヤー達はおとなしくはありませんでしたし、競って個性を演出する程度には「楽しみ」に貪欲だったのです。

 そして、TRPGは今度は「キャラクター」を表現する物へと変化しました。
 キャラクター毎に異なる「特徴」や、クラス毎に異なる「制限」、それにプレイヤーの考えたキャラクターの背景設定を許容できるルールシステム、物語的なルールの処理方法といったものが整備され、マスター/プレイヤーに提供されました。

 これによって、TRPGは「キャラクターの立った物語」を演出する事ができる様になり、「映画」や「小説」の様に物語を綴る事を優先させる事ができるようになって行ったのです。

如月翔也

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14.最近のTRPGの傾向

 TRPGの変遷の歴史をざっと振り返った所で、今度はTRPGの最近の傾向について考えてみる事にしましょう。

 最近は「第1世代型」と呼ばれる「戦闘と成長」のTRPGはなりをひそめ、代わりに「世界」を重視する「第2世代型」TRPGと、「キャラクター」を重視する「第3世代型」TRPGがTRPGの代表格になっています。
 更に最近では、その「第2世代」と「第3世代」を合体させた上で「キャラクターの演技」にウェイトを置いた「演技重視」TRPGがなかなかの好評を博しているようです。

 この「演技重視」TRPGは、世界に根ざした個性的なキャラクターを使い、キャラクター同士の会話や交流を経て、キャラクターが葛藤し、苦悩し、「内面的に」成長していく演技を楽しむTRPGです。
 これはむしろTRPGというよりも、「演技ツール」といった類のシステムではありますが、TRPGの流れを見ると、この形のTRPGが好まれるようになってきたのも頷けますね。

 TRPGには両極端として、「ゲーム(ルール)」と「ロールプレイング(演技)」があります。
 第1世代型TRPGが極端に「ゲーム(ルール)」よりでした。
 それに対して、第2世代型TRPGは背景/設定を加える事で「ロールプレイング」をしやすい環境を整えました。
 そして、第3世代型TRPGでは、キャラクターを掘り下げる事で更に濃密な「ロールプレイング」ができるようになっているのです。

 そう、TRPGは初期の状態から、確実に「ロールプレイング」よりへとシフトしてきているのです。
 そして、「演技重視」TRPGは、ある意味究極の「ロールプレイング」よりの典型なんですね。
 これを考えると、最近のTRPGが演技を重視した物である、という事は案外簡単に受け入れられる物なのかも知れませんね。これは、ある意味時代の流れのような物ですから。

 そして、近い内には「演技重視」TRPGが、「第4世代型TRPG」と呼ばれて一般化していくのかも知れません。

如月翔也

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15.プレロールドはいかがですか?

 みなさんは「プレロールドキャラクター」という方法をご存じでしょうか?
 TRPGでは通常、自分で自分のキャラクターを作成するのですが、プレロールドキャラクターという方法では、ルールブックに掲載されているキャラクターや、ゲームマスターが事前に作っておいたキャラクターの中から自分のキャラクターを選んで決定する、という方法です。
 これは、シャドウランや天羅万象などのTRPGで使われている「アーキタイプ」という方法や、原作物のTRPGなども含む、ちょっと面白いゲームの楽しみ方なのです。

 普通、TRPGでは自分の作ったキャラクターを、自分の作った設定に従って演技します。
 しかし、プレロールドキャラクターは他人が作ったキャラクターを、(大抵は)他人の作った設定に従って演技する事になります。
 これは、普通のTRPGが「自分のキャラクター」=「自分に根ざすキャラクター」であるのに対して、「自分のキャラクター」=「全くの別人」という形式になる為、今までとは全く異なるキャラクターを演じる事ができるのです。

 今までのTRPGが、「自分の一部分を拡張した演技」であったのに対して、プレロールドキャラクターは「キャラクターの一部分」を判断・理解しながら演じるという、ある意味TRPGの原点とも言えるべき楽しみ方ができるのです。

 これは、戦闘重視のTRPGや、世界観重視のTRPGが全盛期であった頃にはあまり好まれなかったやり方ではあるのですが、現在のように演技が重視されるTRPGがもてはやされる時代には、最もマッチした遊び方の一つと言えるのではないでしょうか。

 みなさんも、一度プレロールドキャラクターの演技に挑戦してみてはいかがでしょうか?
 きっと、今までとは違った楽しみ方が見つかると思いますよ。

如月翔也

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16.どちらのリアリティをとりますか?

 TRPGは演技を楽しむ遊びです。
 そして、「異世界」のリアリティを楽しむ遊びでもあります。
 例えば、ファンタジーRPGを楽しむ人は、現実世界にはない、剣と魔法の冒険活劇や、高度な魔法の織りなすハイファンタジーを楽しみます。

 さて、ここで一つの問題があります。
 貴方はTRPGをする時に、「現実世界のリアリティ」「異世界のリアリティ」の、どちらを優先するでしょうか?

 例をあげると、ファンタジーTRPGの「騎士」の行動の規範などがあります。
 イメージで言うPCの「騎士」は、「騎士道」に則った、「公明正大」「弱者の味方」「正義の味方」等というイメージがあります。
 しかし、現実の歴史では「騎士道」という物は、銃が発明され、重い鎧を着た騎士が役に立たない飾り物に墜ちた頃に発明(?)された物であり、ファンタジーTRPGの多くが対象としている「中世」の時代には存在しなかった物です。
 また、当時の「騎士」の守るべき物は「高貴な者」だけであり、農民や市民などに対しては害を加える事はあっても守る事はない、というタイプの騎士が多かったそうです。

 さて、貴方はイメージ先行の前者と、現実に根ざした後者のどちらを取りますか?

 私は、あえて前者を取るべきだと考えます。
 例え現実の騎士が堕落した存在であろうとも、TRPGにおいては「騎士」は正義の味方であるべきなのです。

 現実には現実のリアリティがあるのと同様、異世界には異世界のリアリティが優先されるべきです。そして、TRPGの「異世界」のリアリティとは、すなわち「やっていて面白い」「やっていて納得のいく」「格好いい」ものなのです。
 貴方は、隣のプレイヤーが「卑怯な騎士」を(アンチテーゼとしてではなく)やっているのを見て、それが許せますか?納得がいくでしょうか?
 許せたとして、納得ができたとして、それで楽しいTRPGができるでしょうか?
 その点を考えると、どちらのリアリティが優先されるべきかは一目瞭然ですね。

 TRPGをするのでしたら、異世界のリアリティに基づいた、楽しいTRPGをしたいですね。

如月翔也

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17.「闘う者」のリアリティ

 今度は「現実的」な話を少ししてみましょう。
 「闘う者」についてのリアリティを考えてみましょう。

 どんな世界であれ、「闘う」という事には重大な決断を伴います。
 本当に、命を懸けて闘うのであれば、少なくとも闘った後には負傷者が出るはずですし、多くは死者を出してしまうでしょう。

 もし、自分が相手よりも弱い事が明確であれば、死にに行くようなものですから、「闘う」という事は愚かな選択でしょう。

 逆に、自分が相手よりも強い事が明確であっても、闘いに不測の事態は付き物です。
 闘うのであれば、下手をすれば自分が死んでしまうでしょうし、それでなくても多少の怪我を負う事になるでしょう。そうすれば、次に何かあった時点では、明らかに弱体化した状態で事に望まなければなりません。
 そうであれば、やはり「闘う」事は愚かな選択なのです。

 では、「闘う者」はどのような時に闘う事を選ぶのでしょうか?

 一つは、怪我や死などのリスクが問題にならない程に大事な「何か」を守る時でしょう。
 もう一つは、明らかに相手が「闘う」事を望んでおり、それを避ける事ができない事が明確な時でしょう。
 もしくは、八方手を尽くして、そして「闘う」という選択肢以外が残っていない時でしょう。

 その様な場合ではない時に「闘う」事を選ぶ者は、狂戦士であるか、余程の戦闘馬鹿であるか、もしくは判断の出来ない愚か者と見なされてしまうのではないでしょうか?

 貴方のキャラクターがその手に握った「剣」という武器は、人を傷つけ、殺める為の道具なのです。そして、敵の持っている「剣」も同様です。

 貴方のキャラクターは、どんな時にその「剣」を振るうのでしょうか...?

如月翔也

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18.ファンタジー世界での冒険者

 今回は、「幻想世界」でのリアリティを題材にしてみましょう。
 「一般的なファンタジー」と呼ばれる世界での、冒険者の立場について、ちょっと考えてみましょう。

 「一般的なファンタジー世界」とは、大体において「中世ヨーロッパの格好いい所だけ複合した世界」と考えて差し支えありません。
 そこから考えると、ファンタジー世界の住人のほぼ9割以上が第一次生産者、及び第2次生産者です。つまり、食料や材木などを「作る」人々と、そこから加工して物を「作り出す」人々です。
 「冒険者」というのは、明らかに「生産的」な仕事ではありませんから、生産者ではない1割に組み入れられる訳です。
 つまり、商人や貴族のように、数の少ない存在だという事です。

 では、冒険者は中世社会の階級制度のどこに組み入れられるのでしょうか...?
 冒険者は貴族のような支配者階級ではありませんし、商人のような仲介者としての存在でもありません。
 あえて「どの階級にあてはまるのか」と言う事を考えると、他人のトラブルを金に換えて生活している、という職業上の特性から考えると、冒険者とはアウトローに組み入れられる人々だと考える事ができます。

 アウトローとは誰にも守られる事が無く、自分の力だけを頼りにする者です。
 支配者のの外におり、完全な自由と引き替えに、何物をも保証されないという、孤高の存在です。

 そう考えると、冒険者はまさに究極のアウトローなんですね。

 しかし、アウトローであるという事から、良識ある人からは煙たがられるでしょうし、良識ある人は余程の事がない限りは冒険者に頼ろうとも思わないでしょう。

 しかし、だからこそ、冒険者はいつも困難な依頼を受ける事になるのですし、困難だからこそ冒険者が頼られるのです。

 孤高のアウトローにして、人々の最後の希望、それが冒険者だと考えると、今までとは違った雰囲気でのプレイが楽しめるのではないでしょうか。

如月翔也

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19.ウィザード

 ウィザードというと、ファンタジーTRPGで出てくる魔法使い系のクラスの名前ですね。
 ところで、みなさんはご存じでしょうか?
 このウィザードですが、もともとワイズ(Wise:賢い)という意味の言葉から発展した物です。つまり、「賢い」という意味合いがあるのです。

 それでは、「賢い」魔法使いであるウィザードとは、どんな人なのでしょうか?

 これは、色々な小説作品などでその姿をみる事ができます。
 例えば、J.R.R.トールキンの指輪物語に出てくる偉大な魔法使いガンダルフ
 あるいは、アーシュラ・K・ル・グゥィンのゲド戦記の主人公ゲド

 彼らは幻想文学の中では「偉大な魔法使い」像として、また「賢い魔法使い」として、とても有名な2人(1人と1柱?)です。
 では、彼らに「偉大な魔法使い」・「賢い魔法使い」を学んでみましょう。

 まず、彼らを見ると知識において非常に秀でています。そして、その知識を持って様々な困難を実に賢明に乗り越えていきます。
 次に、最大の特徴として、彼らはまったくといって良い程魔法を使わないのです。

 つまり、彼らは魔法という便利(?)で強力な手段を持っていながらも、最後の最後までそれを使おうとしないのです。
 そのかわりに、彼らは自らの知識聡明さを余す事なく発揮し、困難を排除して行きます。

 彼らは、魔法を使わない偉大な魔法使いなのです。

 そう、魔法とは世界を構成する一要素であると同時に世界を崩壊させかねない強力な力である事を、彼らは充分に知っており、その上で使わなければならない時以外は決して魔法を使わない、まさに偉大なる賢明さを持った魔法使いなのです。
 天空から隕石を召喚できるからといって、偉大な魔法使いではないのです。

 魔法を知り、世界を知り、人を知り、そして自分を知る。
 そして時を知り、見極める。
 それができてはじめて、ウィザードと名乗るに恥じない魔法使いとなる事ができるのですし、そう呼ばれる事ができるのです。

 さて、貴方のキャラクターは、ウィザードと呼ばれる事ができるでしょうか...?

如月翔也

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20.個性と強さ

 最近の演技指向TRPGでは、作りたてのキャラクターでも戦闘面では結構強い、という物が多く見られますね。
 そのためか、普通の(演技指向ではない)TRPGをする時、「キャラクターが弱いと個性が立たないんですよね〜」というプレイヤーを見かける事があります。

 でも、ここでちょっと考えてみましょう。
 キャラクターが弱いと、個性は立たないものなのでしょうか?

 私は、これは違うと思います。
 戦闘面に関しては、強い弱いというのは、明らかに個性の一部だからです。
 足が速い、顔が良い、声が大きい、気が弱い、というのは個性です。
 それと同じレベルの個性として、(戦闘で)強い弱いというのがあるんですね。
 ですから、キャラクターが戦闘で弱くても、充分に個性は出せますし、むしろ弱い方が個性を出しやすいとも言えるでしょう。

 例えば、ただの雑魚との戦闘でも、弱いキャラクターであれば、なんとかしてそれを回避しようとするでしょう。それは、演技としてできる物ですし、それを演技する事でキャラクターは充分に立ちます。
 重大な敵との戦闘では、弱いキャラクターは、自分が弱い事を自覚した上で闘う決心をし、そして勝つ為にあらゆる手段を使うでしょう。

 強いキャラクターであれば、雑魚相手には「普通に」闘うでしょうし、重大な敵相手にも「ひるむ事なく」闘うでしょう。でも、それだけです。
 背景設定や主義・主張という絡みがなければキャラクターは立ちませんし、そのような絡みがあれば、弱いキャラクターでも充分にキャラクターを立たせる事ができます。

 そう、ですから、キャラクターを演じる・立たせる事にはキャラクターの強さは関係ないのです。
 強い弱いはあくまでも個性の一部に過ぎません。

 キャラクターの強さや、システムの問題をあげる前に、自分の作ったキャラクターの全体の完成度を考えてみると、もっと色々な演技を楽しめるのではないでしょうか...?

如月翔也

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