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【Column】:TRPGよもやま話 31-40
 このページはTRPGに関する事を色々考え、
 もっとTRPGを楽しむ為の方法を考える、
ごった煮考察ページです。

コラム・目次
31.TRPGの上達法
32.行動の整合性
33.役割分担の重要性
34.TRPGのマナー
35.リーダーの役目
36.マスターとの共同作業
37.自由と束縛
38.知力という能力
39.格好良く演じる為には
40.TRPGにおけるスキル

31.TRPGの上達法

 今度は、プレイヤーやマスター、あるいはゲームデザイナーとしての「TRPGの上達法」について考えてみましょう。

 TRPGに最も役立つ物とは、何だと思いますか?
 演技ですか?それとも、演出ですか?あるいは確率論かも知れませんね。

 でも、ここでは全然違う答えを出してしまいましょう。
 TRPGで最も役立つ物とは、経験知識に他ならないのです。

 TRPGをやる以上、TRPGについての経験知識が重要なのは当たり前だ、という反論が聞こえてきそうですね。
 でも、ここで言うのは「TRPGの経験知識」という訳ではないんです。
 それはそれで良い物なんですが、ここでは違うという事にしておきましょう。

 それでは、何の経験知識かと言いますと、それは何でもなんです。

 ご存じの通り、TRPGというのは想像の遊びです。
 しかし、全く経験のない物を、基本となる知識もなく想像するというのは、凄く難しい事なのです。

 それを補う為には、様々な経験をつみ、あるいは色々な知識を持つ事、それによって想像力を養う事が重要です。
 そして、経験知識を得るにつれて想像はリアルさを増し、TRPGは更に面白く、楽しくなっていきます。

 そして、最も上達しやすい方法というのは、それを楽しむ事と、それを好きになる事だ、というのは良く耳にする言葉ですよね?

 そう、「TRPGの上達法」というのは、すなわちTRPGを更に楽しくする事、そしてよりTRPGを好きになる事に他ならないのです。
 そのためには色々な経験をつみ、様々な知識を得る事が最短にして最高の方法だと言えます。

 TRPGを楽しむみなさん、もっとTRPGを楽しむ為に、色んな本を読んだり、色々な事に挑戦したりして、想像力を養ってみませんか?

如月翔也

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32.行動の整合性

 このコラムを問わず、BAD TRIP内ではよく「リアリティ」という言葉が使われているのは、もうご存じだと思います。
 そう、私、如月翔也の個人的な意見ではありますが、私はTRPGはリアリティが重要であると思っています。
 いえ、むしろ、よりTRPGを楽しむ為には、マスターやプレイヤーを問わず、リアリティが重要だと言ってもいいのではないか、とも思います。

 何故、そう思うのか、という所はまたの機会にお話しするとして、今回はどうすればリアリティが出るのか?という事を考えてみたいと思います。

 さて、TRPGとは基本的に幻想世界を舞台としています。
 例えそれが現代物TRPGであっても、学園物TRPGであっても、TRPGの舞台は偽物の世界であり、やはり幻想世界なのです。

 これは、フィクション物の小説映画等と同じ、架空の世界に根ざしている、という事です。
 では、フィクション物の小説映画のように、フィクションでありながらリアリティのあるTRPGを出来ないものでしょうか?

 これは、小説映画にその手法を見る事ができます。

 結論を先に述べると、リアリティを出す為には、キャラクターの行動に、論理的・感情的を問わず、必ず整合性をつける事に他ならないのです。

 小説や映画では、登場人物(=キャラクター)の行動を見せる(魅せる)必要がありますから、その行動には必ずなんらかの理由があり、それを読者(あるいは観客)に対してアピールしているのです。
 それによって、読者(あるいは観客)はキャラクターの行動の理由を知り、行動の整合性を知る事で、登場人物を「紙の上の存在」(あるいは〜という役者)ではなく、「〜という登場人物」として、リアルに感じる事ができる訳です。

 この方法は、TRPGでもそのまま流用する事ができます。
 本来的に「TRPG」には「見せる(魅せる)」事は必要とは言えませんが、TRPGは1人ではなく大勢でする物ですから、1人1人が自分のキャラクターの行動の整合性を考え、それを演じる事はお互いの理解の為にも必要ですし、お互いがリアリティを出し合う事によってリアリティのあるセッションを作り出す事ができるのです。

 こうして、リアリティのあるセッションをする事で、今までにない葛藤が産まれたり、考えた事の無かったキャラクターの内面にまで踏み込む事ができますから、TRPGがもっと楽しめるのではないでしょうか。

 架空の世界だからこそ、キャラクターにリアリティを求める事も、また楽しい物ですよ。

如月翔也

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33.役割分担の重要性

 TRPGでは、色々な場面で「役割分担」がなされています。

 例えば、戦闘で派手に闘う人、交渉場面で主導権を握る人、あるいはパーティの共有財産を管理する人、面白いギャグでパーティの気持ちをほぐれさせる人など、様々な意味での「役割分担」がなされているはずです。

 実は、この、「じゃ、俺は〜という役割ね」という役割分担という物は、TRPGをTRPGとしている最も重要な要素なのです。

 TRPGの魅力の1つに、「ロールプレイ」という物があります。
 これは、「ロールプレイとキャラクタープレイ」でも述べている事ですが、「ロールプレイ」とはすなわち「役割演技」・「役割分担」であり、これがTRPGの楽しみであるのは当然の事とも思えます。

 しかし、実は「役割分担」というのは、「キャラクタープレイ」である「1人のキャラクターを表現する」という意味でも、とても重要なのです。

 「1人のキャラクターを表現する」という事は、すなわち「キャラクターをいかにリアルにするか」という事でもあります。リアルでないキャラクターというのは「表現」されているとは言い難いからです。
 そして、キャラクタープレイする為のキャラクターというのは、リアルである以上は万能ではない、という事になります。
 (現実的に考えれば、万能の人間なんていませんよね?)

 万能でないキャラクターが、冒険という危険に立ち向かう場合、普通であれば「足りない部分」を補う事が必要になります。そうでなければとても危険なのは目に見えていますから。
 そして、「自分の能力を必要とする、自分にない能力を持っている者」を探し求める訳です。
その結果、1つの冒険者パーティが結成されます。

 つまり、普通であればパーティの結成は「役割の分担」を求めて行われている訳ですね。

 そして、個々のキャラクターはお互いに最低限の情報として「俺は〜という役割ができる」という事を知っており、その分担がなされている、と考えるのが自然でしょう。
 そして、パーティとして行動している中で、「友情」なり「愛情」なりが生まれ、それによって個々の個性が引き出されて行くはずです。

 そう、自然に考えると、パーティの一員になる為には「役割の分担」ができなければならないのです。
 それができないキャラクターは、「報酬は持っていくものの仕事をしない」という、足手まといに他ならないはずなのです。そして、シビアな世界の冒険者であれば、そんな穀潰しはパーティに加えませんし、加えるだけの余裕はないはずなのです。

 つまり、「パーティの一員である」という事は、それだけで「役割分担を求められ、それをこなしている」という背景設定があるのと同様なのです。
 「1人のキャラクターを表現する事」が目的である「キャラクタープレイ」においては、この基本的な背景設定を無視する訳にはいかないんですね。

 その上で、「この場合だけは(心情的に)役割分担できない」という事はあってもいいと思います。
 しかし、その前提を守らない上で、「いつも役割分担できない」というのは、あまりにもリアリティがないとは思わないでしょうか?

 役割を大事にするロールプレイでも、キャラクターを大事にするキャラクタープレイでも、役割分担というのはとても大事な物なんですね。

 みなさんも、あえて役割分担を重要視したキャラクタープレイをやってみませんか?
 きっと、「好き勝手な主張」ではない、「キャラクターの正当な主張」が聞かれるのではないかと思いますよ。

如月翔也

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34.TRPGのマナー

 さて、TRPGと言えば、基本的に最低でも2人以上の参加者がいます。
 そして、2人以上の人間が集まる以上、それは小さくても一つの「集団」であり、その「集団」を維持する為に、「マナー」が必要になります。

 とはいえ、「マナー」というのは不文律であり、明確な決まりという物はありません。
 しかし、それではあまりにも無責任ですし、TRPGをやっている人自身が判断に迷う事なども大いにありますので、ここで簡単に「TRPGに求められるマナー」という物をあげてみようかと思います。

 まず、「ゲーム」としてのマナーですが、「イカサマをしない事」があげられます。
 TRPGは「賭博」ではなく、「手練を競う大会」でもありませんから、ダイスであれ、カードであれ、「プレイヤー」がイカサマをしてはいけません。
 ダイス目がどんな物であったとしても、その幸運(あるいは不運)を楽しみましょう。

 また、TRPGはゲームですから、自分が「楽しむ」のは当然の事です。
 しかし、自分が楽しむ為に他人が楽しむ事を邪魔してはなりません。
 TRPGでは自分の為に「他人が楽しむ事を邪魔しない」事がマナーなのです。
 TRPGは「娯楽」ではなく「ゲーム」ですから、参加者全員が楽しむ権利があるからです。
 「他人が楽しめ、かつ、自分が楽しい」ゲームをする事ができれば、理想的ですよね。

 次に、「ロールプレイング」の点でのマナーですが、最初に「自分のスタイルを他人に押しつけない」という事があげられます。
 TRPGでは「ロールプレイ」と「キャラクタープレイ」という2つの演技があり、そのバランスによって個々人の「スタイル」があります。
 このスタイルに関しては、「極端過ぎてはいけない」という目安があるだけで、どれが正当(あるいは正統)であるという物はないのです。
 「他人のスタイルを許容した上で、自分のスタイルを追求する」、あるいは「互いのスタイルを融合させ、共通のスタイルを作り上げる」という姿勢が大事ではないでしょうか?

 また、「プレイに”プレイヤーの”私情を挟まない」事も大事です。
 プレイヤー同士の関係は、キャラクターには一切関係ない物ですし、プレイヤー同士の私情が入ると、ゲームは途端につまらない物になってしまうでしょう。
 「キャラクター的な私情」は挟んで当然ですが、プレイヤーの私情を挟むのはTRPGに関しては間違っていると言えるのではないでしょうか?

 さて、以上の「基本的な」マナーを見てみると、2つの共通事項が見えてくると思います。
 これこそがTRPGで(むしろ、一般社会でも)必要とされるマナーです。
 それは、「自分がされて嫌な事は他人にしない事」と、「自分がいいと思う物でも、他人に押しつけない事」という2点です。

 前者は一般社会でも当然の事とされていますので、理解しやすいのではないかと思います。
 また、後者も「押しつけられるのは嫌な事である」という点で、前者と同様の考えです。
 それを考えると、上の2つのポイントは、一般社会でも求められるマナーであると言えそうですね。

 TRPGはあくまでも「遊び」です。
 嫌な思いまでして「遊び」をしたい、という人はそうそういないでしょう。普通は、一度嫌な思いをしてしまったら、その「遊び」に対して隔意を抱いてしまうはずです。
 だからこそ、マイナーな趣味であるTRPGでは「マナー」が大事なのです。
 折角のTRPG仲間が減ってしまう事の無いように、楽しくTRPGをしたいものですね。

如月翔也

P.S.
 どうも、「〜しない事」というマナーが多いですが、マナーというのは束縛であり、束縛というのは基本的に禁止によって作られる物ですから、今回はご容赦下さい。

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35.リーダーの役目

 TRPGのセッションでは、特殊な場合を除いて、多人数のPCが1つのパーティを組んで冒険に臨みます。
 そして、パーティという「1つの集団」で行動する以上、パーティのメンバーには1人1人なんらかの「役割」が与えられているはずです。
 その「役割」の中でも、最も重要とされる、リーダーについて、ちょっと考えてみましょう。

 リーダーというのは、平たく言うと「集団の代表」の事です。
 集団の行動を決定したり、様々な仕事を振り分けたり、あるいは問題に対応したり、問題に対して責任を取ると言う事がリーダーのすべき「役割」とされます。

 それでは、「冒険者パーティのリーダー」とは、どんな物なのでしょうか?

 よく、TRPGで見られるリーダー像としては、「独断で行動し、パーティを引っ張る人」という物がありますが、これは本来的な意味での「リーダー」ではありません。
 また、形式美の問題から「物語の主人公」という役割を与えられている事も多い様ですが、これは「リーダー」という役割とは全く関係ないものです。

 では、「冒険者パーティのリーダー」の「役割」、あるいは「求められる物」というのは、一体、どんな物なのでしょうか?

 それは、集団の行動を決断し、それに従わせるという一点に尽きます。
 当然、それをする事によって、「決断への責任を取る事」という責任も付随しますが、これは場合によるものであり、「必ず必要である」という訳ではありません。

 冒険者パーティは個性豊かなメンバーが集まる集団であり、そのメンバーが個々人で行動をすると、余計に物事が混乱してしまう可能性が大きいはずです。
 また、同様の理由で、「1つの物事」に対して、各自の意見は違うはずですし、それによって対立が起きてしまう可能性も低くはないはずです。

 その混乱や対立を避ける為、パーティのリーダーというのは、自分を含む各自の意見をはかりにかけた上で、「こうする」という決断を下し、その決定に皆を従わせる事が必要になります。
 そして、決断を下す場合、決断は皆を従わせる為に「納得のいく物」である必要がありますし、それでいて手遅れにならないように「素早い決断」でなくてはいけません。
 それをできる者だからこそ、リーダーはリーダーとして認められるものですし、パーティのメンバーも「自分に指示を出す事」を許しているはずなのです。

 リーダーの下す「決断」の方法は、色々あります。
 リーダーの独断による物、合理性に基づいて考察した結果、あるいはパーティ内での多数決でも構いません。
 これに関しては、重要なのはリーダーの下す決断に皆が従う事ですから、皆が従うのであれば、決断の方法はそれで良い、という事になります。

 そう、冒険者パーティのリーダーの役割とは「決断する事」であり、それに求められる物は「皆が従ってくれる事」なのです。

 さて、冒険者パーティのリーダーについて色々述べてみましたが、貴方のパーティのリーダーは、果たして本当に「リーダー」であるのでしょうか?

 「リーダーがリーダーである理由」、そういった事を考えながらTRPGをすると、より一層パーティの「あるべき形」という物が楽しめるかも知れませんね。

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36.マスターとの共同作業

 TRPGは、「マスター」と「プレイヤー」という2種類の役割の人間が、共同作業で進めていくゲームでもあります。

 上のように書くと、なにか「非常に難しいゲームである」という気がしますね。

 TRPGでは、マスターの提示した状況を元に、プレイヤーがキャラクターを行動させ、その行動を元にマスターは状況を変化させ、その新しい状況を元にプレイヤーがキャラクターを行動させ...という「相手の行動に対応しての行動」をする、まさに共同作業である、という事です。

 そして、この「要素」は、マスター及びプレイヤーの守るべき、最低限のルールでもあります。

 すなわち、
・プレイヤーはマスターの提示した状況を元にキャラクターを行動させる。
・マスターはキャラクターの行動を元に状況を変化させる。
 という、2つのルールです。

 この2つのルールがないものは、TRPGではあり得ません。
 「マスター」の与えた状況にも関わらず「キャラクター」が何も行動しないのはTRPGではありませんし、「キャラクター」が行動を取ったにも関わらず「マスター」の与える状況が変化しないのはTRPGではないのです。
 この場合、キャラクターが「何らかの意図を持って能動的な行動をしない」事や、マスターがキャラクターの行動を判断した結果「状況に変化を及ぼす事はできなかった」という結論を出した場合を除きます。
 これは、キャラクターは「何もしない」という行動を選んだ事になりますし、マスターは「キャラクターは状況に変化を及ぼす事はできなかった」という状況の変化を与えた事になるからです。
 これは、TRPGが「コミュニケーション」によって楽しむという(年期はそれなりにあるのですが)新しいジャンルの遊びである、という事実に基づく物でしょう。

 さて、以上のように、「マスター」と「プレイヤー」は基本的に共同作業でセッションを作り上げて行きます。

 そして、これこそが、TRPGの醍醐味なのではないでしょうか?

 TRPGというのは、「ゲーム性」「物語性」「キャラクター性」「リアリティ」という、様々な魅力を持った遊びですから、プレイヤーやマスターをしている時に楽しさのあまり「自分が楽しむ」事に没頭してしまうのも無理はありません。
 しかし、この魅力のほぼ全てが他者との関わり、あるいは共同作業によって産み出される物です。
 そう、「自分が楽しむ」事に没頭してしまった時点で、TRPGの魅力は消え失せてしまう物なんです。
 ですから、TRPGをする時は、マスターとプレイヤーの共同作業である事を忘れてしまってはいけないのです。

 キャラクター同士の関わりだけでなく、プレイヤーとマスターの関わりについても考えてみると、実にスムーズかつ楽しくTRPGをする事ができると思いますよ。

如月翔也

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37.自由と束縛

 さて、このBAD TRIPでは「TRPGはリアルなのが面白い!」という事を色々な形で言い続けています。
 リアルな表現の為のアプローチというのはそれこそ無数にありますが、その中で、「世界のリアルさ」というアプローチがあります。
 今回は、その「世界のリアルさ」というアプローチの中から、1つのアプローチ方法について考えてみたいと思います。

 私たちが生きる現実世界においても、小説や映画などで提供される幻想世界においても、それを実にリアルにしている1つの要素があります。
 それは、「1人の人間(キャラクター)が、全てを思うようにはできない」と言う事です。

 これは、現実の世界では当然の事ですし、幻想世界においても物語的な面(「障害」と「克服」という重要な要素の事ですね。この場合は「障害」にあたります)から、「キャラクターの思うとおりにはならない」世界であるのが普通です。
 また、ゲーム性という点から見ても「思うようにはできない」という制限があるからこそゲームになる、という事実がありますから、これは「現実」「物語性」「ゲーム性」という3つの要素においても重要な要素である事が言えるのではないかと思います。

 さて、ここに1つのTRPGの「うたい文句」があります。
 「TRPGとは、幻想世界の中で、キャラクターが自由に行動できるゲームです」
 これは、全くの真実です。
 キャラクターは「羽もないのに自分の肉体能力のみで空を飛ぼうとする」事が(明らかに失敗するでしょうが)できますし、あるいは「善良な農家の老人を殺して金を盗む」事も(9割方キャラクターは犯罪者として追われる身になりますが)できるのです。

 これは、現実世界でも一緒ですね。
 現実世界でも、本当は「自由に行動する」事はできます。
 が、「自由に行動する」と言う事は、すなわち「自分で責任を取る」という事でもありますから(現実世界では、権利を行使した者には義務が負わせられます)、「自分で責任を取りきれない」様な行動を控えているだけの事なんですね。
 まあ、昨今はその基本的な事を覆すような凶悪事件が連続していますが。

 話がずれてしまいました。
 さて、うたい文句の通り、TRPGは「自由に行動できるゲーム」です。
 しかし、「リアル」である以上、「物語」である以上、「ゲーム」である以上、明らかにすべきでない行動という物があるのです。

 世界が世界として機能する以上、その世界の常識的に、禁忌(タブー)とされる行動、という物があってしかるべきなんですね。
 禁忌(と処罰)のない世界は最終的には「無法地帯」になってしまいますから。
 犯罪を犯せばそれなりの刑罰が待っていますし、自己中心的であれば周りに敬遠される、そんな世界が普通の(リアリティのある)世界である、という訳ですね。

 この「自由にできるが、すべきでない行動」というものの存在は、TRPGに厚みを持たせてくれます。
 モラルや刑法、あるいはマナーというものは1つの「制限」としてキャラクターを縛る物なのですが、これにこだわったり、あえてそれを無視する事で、1人のキャラクターに人格的な厚みを持たせると同時に、世界に厳格なリアリティを持たせる事ができるのです。

 キャラクターを自由に表現する事、というのは、キャラクターに好き勝手に行動させる事ではありません。
 むしろ、「好き勝手な行動をする」キャラクターというのは、それがアンチテーゼではない限り、リアリティの薄い「漠然とした」キャラクターに過ぎない、という事なのです。

 貴方も、TRPGを「自由」に楽しむ、という事について、ちょっと考えてみませんか?
 きっと、「束縛」と「自由」の関係について、面白い考察ができると思いますよ。

如月翔也

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38.知力という能力

 大抵のTRPGでは、キャラクターの能力を表現するために「能力値」という物を使っています。
 この「能力値」という物は、「そのキャラクターの持つ能力を、種別事に数値で表した物」です。
 3D6で能力値を決めるTRPGであれば、筋力18は世界でも屈指の力持ちでしょうし、耐久力3は目も当てられない程に貧弱なキャラクターでしょう。
 また、魅力15は誰からも好意を持たれるキャラクターでしょうし、精神力5はかなり根性のないキャラクターでしょう。

 この「能力値」という物は、キャラクターの個性を表す物であると同時に、ゲームで使用される重要な数値でもあります。

 しかし、「ゲームで使用する」為にかなり重要である反面、「個性」としてプレイするのが非常に難しい能力値があります。

 それは、「キャラクターの頭の良さ」を表す能力値、知力です。

 先程と同様の例えを使いますと、知力18は世界でも屈指の頭の良さですし、知力15は誰からも認められる聡明さです。
 知力5はかなり頭が悪く、知力3に至っては世界でも有数の頭の悪さであるという訳です。

 しかし、この「頭の良さ」という能力値は、はっきり言ってロールプレイやキャラクタープレイをする時には邪魔でしかないのです。

 まず最初に、プレイヤーよりも頭の良いキャラクターなど、演じる事ができる訳がありません。
 「頭の良い振り」をする事は難しくはありませんが、シナリオ上で「聡明」な行動を取る為にはプレイヤー自体が聡明であるか、もしくはGMにヒント(あるいは答え)を教えて貰わないと、絶対に無理と言っても良いでしょう。

 次に、プレイヤーよりも頭の悪いキャラクターを演じる事は、大きなストレスになってしまうのです。
 プレイヤーが一生懸命に考えて出した作戦を、GMに「君のキャラクターの知力では思いつかないね」と一蹴されてしまったり、あるいは自分自身で「こいつにはこんな高等な作戦は思いつけないよなぁ」という制限をかけてしまうからです。

 そう、プレイヤーとキャラクターに知力の格差があると、「演じる」事や「行動する」事が非常に難しくなってしまうのですね。

 しかし、1人のキャラクターを表現する事を考えると、「頭の良さ」をはずして考える事は難しいでしょう。
 実際に、ほとんどのTRPGでは知力という能力値は当然のように使われ、そしてその説明には「頭の良さ」としか書いていないでしょう。

 しかし、頭の良さという意味での知力という物は、演じる事が非常に難しいのです。

 ですから、ここでちょっとした提案があります。
 TRPGで使われる知力という能力値を、次のように解釈してみてはいかがでしょうか?

 「知力という能力値は、PCが普通の時の頭の良さである。しかし、神がかり的に良いアイディアを思いついたり、あるいは迂闊にも間抜けな考えに至ってしまう事は多々ある」
 「知力という能力値はPCの記憶力と理解力を表した数値に過ぎない。判断力や決断力は能力値化しておらず、全てプレイヤーに任されている」

 2通りの考え方ですが、この考え方ですとどちらも「TRPG」のプレイを妨げる事無く、また、「知力」という意味を損なう事もないと思います。
 もちろん、「私はどんな知力のキャラクターでも演じられる」という方には全く意味のない提案ではあるのですが、こう考える事で「TRPGをしやすくなる」という一面はあるのではないか、と思います。

 さて、貴方はキャラクターの「知力」をどのように考え、実践しているのでしょうか?
 これは、是非ともみなさんに意見をお聞きしたいですね。

如月翔也

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39.格好良く演じる為には

 まず、先に、「これは私の個人的な意見です」とお断りしておきますね。
 これは、私が色々とTRPGをしてきて、そして見てきて思う事なのですが、TRPGで「ロールプレイ」あるいは「キャラクタープレイ」という物を重視する人々(要するにTRPGをする人の大半ですね)は、キャラクターを格好良く演じたい人が大半なのではないでしょうか?

 まあ、幻想の世界に想像の翼を羽ばたかせる以上、その想像は格好良い程楽しいでしょうから、プレイヤーやマスターのみなさんが「キャラクターを格好良く演じたい!」と思う事は当然かも知れませんね。

 しかし、この「キャラクターを格好良く演じる事」というのは、非常に難しいですよね。
 「無口でクール、女性にもてる黒衣の戦士」というのをしようとしても、「たまに口を開けば一発ギャグ、スケベで黒マニアな戦闘狂」というキャラクターになってしまう事も多々あるでしょう。
 あるいは、「格好良いキャラクターをやりたいけど、何が格好良いのかわからない!」という意見もあるのではないでしょうか?
 更に、私などは「リアルに格好良いキャラクターとはどうすればいいのか?」なんて考えてしまったりもします。

 では、どのようにすればキャラクターを「格好良く演じる」事ができるのでしょうか?

 私は、キャラクターにこだわりを持たせる事だと思います。
 それも、生半可な物ではなく、命を賭けても惜しくはない、唯一のこだわりという類のこだわりを持たせる事ができれば、非常に印象深く、そして格好良くなるのではないでしょうか?

 TRPGの世界は危険が満載の世界です。
 その中で、大抵の者は危険を避けて自分の可能性を潰して行き、「普通の人」に落ち着きます。
 しかし、冒険者と呼ばれる者はあえて危険の中に我が身を置きます。
 その冒険者の中でも、大抵の者が生き延びる為に己を削り、「ただの冒険者」で一生を終わります。
 しかし、英雄と呼ばれる者、あるいは今後英雄と呼ばれるであろう者は違うでしょう。
 彼等は生き延びる為に己を削っていきますが、その中で絶対に譲れない部分、そう、こだわりを持っているはずです。
 そして、そのこだわりこそが彼等を鍛え、導き、そして栄光への道を開くのではないでしょうか?

 そう考えると、命を賭けられる程のこだわりという物は、英雄への資格であり、格好良さの現れでもあるのではないでしょうか?

 そう、キャラクターの魅力とは、数値的な外見だけではなく、行動のロマンでもあるのです。

 剣技や容姿、あるいは女性にもてるといった「一般的」な格好良さと、命を賭けてまで守ろうとする「壮絶」な格好良さ、貴方はどちらの格好良さがいいと思いますか?

如月翔也

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40.TRPGにおけるスキル

 TRPGシステムの種類は、大きく分けると2つのシステムに分かれます。
 いわゆる「クラス制システム」と「スキル制システム」の2つです。

 「クラス制システム」というのは、その名の通り、キャラクターを何らかの階級(クラス)に分け、その階級によって「できる事」「できない事」を分けるシステムです。
 キャラクターの特徴は「能力値」と「クラス」という2つの要素に限定され、普通、「実は鍵開けもできる戦士」とか、「隠し芸程度に魔法を使う盗賊」という物は作れません。

 それに対し、「スキル制システム」というのは、技能(スキル)によってキャラクター全体を表現するシステムです。
 例えば、「戦士だから剣を使うのが得意」なのではなく、「<剣>技能が高いから剣を使うのが得意」という、1つ1つの物事に対して技能を用意し、その技能によって得意/不得意/不可能を表現するシステムです。
 このシステムだと、技能を持っていれば行動ができる訳ですから、「戦いが得意で、鍵開けもできるキャラクター」や「鍵開け、罠の解除をそつなくこなし、魔法もちょっとだけ使えるキャラクター」などを作る事ができます。

 では、この「色々できるシステム」である「スキル制システム」について、ちょっと考えてみましょう。

 「スキル制システム」では、「スキル」という、キャラクターの「できる事」を組み合わせる事でキャラクターをリアルに肉付けしていきます。
 しかし、そのようなシステムでキャラクターを作ると、つい戦闘に有利なスキルばかり選んでしまう事があります。
 ですが、「戦闘に有利なスキルばかり持っているキャラクター」というのは、実にリアリティのない存在ですよね。
 どんなキャラクターにだって子供の頃に色々やった事、冒険者になる前の経歴など、相応の過去があるはずです。
 しかし、その過去の行動と経験の結晶であるはずの「スキル」に、過去が反映されていないというのは、どうもおかしいと思いませんか?

 そう、「スキル制システム」のキャラクターは、その過去に基づく、一見無駄なスキルという物が必ずあるはずなのです。
 例えば、一人暮らしの長かったキャラクターは「料理」のスキルがそれなりにはあるはずですし、両親が商人だったキャラクターは「交渉」や「鑑定」のスキルを持っているはずですよね?
 そのような一見無駄なスキルがあると、冒険の間のちょっとしたシーンにキャラクターを絡ませる事ができますから、より深くキャラクターを表現する事ができます。
 例えば、料理スキルの低い魔法使いの女の子がナイフで指を切ってしまった時、無口な戦士系キャラクターが「魔法を使うには指は大事だからな。俺が替わろう」等と言っておいしい料理をつくる、なんていうシーンはキャラクターにちょっとしたアクセントをつけてくれるのではないでしょうか?

 こういったちょっとしたアクセントは、キャラクターをリアルにすると同時に、きっと個性を際だたせてくれますよ。

 貴方も、キャラクターに無駄なスキルを取らせてみませんか?
 きっと、通常シーンを「演じる」事が、更に面白くなると思いますよ。

如月翔也

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