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【Column】:TRPGよもやま話 41-50
 このページはTRPGに関する事を色々考え、
 もっとTRPGを楽しむ為の方法を考える、
ごった煮考察ページです。

コラム・目次
41.スキル制システムでのキャラクター作り
42.モンスター
43.盗賊
44.システムを楽しむ
45.ダレるセッション
46.個性の作り方
47.課程を楽しむ
48.一本道シナリオ
49.セッションの重要ポイント
50.TRPGで重要な1つのバランス

41.スキル制システムでのキャラクター作り

 さて、「スキル制TRPGシステム」と言えば、様々な技能を組み合わせてキャラクターを作るシステムです。
 数多くの技能の中から好きな技能を(多少の制限はあるものの)好きに組み合わせて、まさに「自分好み」のキャラクターを作り上げる事ができる為、スキル制TRPGシステムで作られるキャラクターはまさに「千差万別」「十人十色」と言っても良いのではないでしょうか。

 しかし、実際の所は、「スキル制TRPGシステム」で作られるキャラクターは、(実用的な物だけで考えると)2つの種類に分ける事ができます。

 1つは、技能を1系統に絞った「専門職型」のキャラクターです。
 例えば、<剣><槍><楯><回避>等の「戦闘系」スキルを重点的に伸ばした戦士タイプのキャラクターや、<魔法><〜知識><鑑定>等を重点的に伸ばした魔術師タイプ、あるいは<鍵開け><罠解除><忍び足><回避>を重点的に伸ばした盗賊タイプのキャラクターなど、ある意味「クラス制TRPGシステム」のキャラクターに近いキャラクターです。
 「専門職型」のキャラクターは自分の専門とする分野に関しては実に信頼が置けますが、それ以外の所ではからきし役に立たないと言うネックもあります。

 もう1つは、技能を複数に分配した「万能系」のキャラクターです。
 <剣>もそこそこ使え、<魔法>もいくつか覚え、<鍵開け><罠解除>もそれなり、という感じの「技能のデパート」の様なキャラクターです。
 「万能系」のキャラクターはどんな場面でも行動できるという利点がありますが、逆にどれをとっても中途半端であり、「専門職型」のサポートに回らざるを得ない事も多々あります。

 さて、この2つのキャラクターの作り方を見ると、「専門職型」はクラス制TRPGシステムのキャラクターに近い為、どうせスキル制のTRPGシステムを使うのであれば「万能系」のキャラクターを作る方が面白く思えるかも知れません。
 しかし、その考えに関しては、「間違ってはいないが正解でもない」というのが実際の所でしょう。
 それは、「スキル制TRPGシステム」では、プレイヤーの人数によって「専門職型」と「万能系」のキャラクターを使い分けなければならない事が多いからです。

 参加するプレイヤーの人数が少ない場合、「必要とされる」様々な技能をパーティ全体が持つ為に、どうしても「万能系」のキャラクターを作る事が必要になります。
 これは、「誰も<鍵開け>を持っていない」パーティがダンジョンに挑んだらどうなるか、と考えてみればすぐにわかる事だと思います。

 逆に、参加するプレイヤーの数が多い場合、「万能系」のキャラクターが多いと、活躍の場を奪い合う事になってしまいます。
 その場合はむしろ、「専門職型」のキャラクターを作る事で、「ここは俺に任せろ」という役割分担を行う事が必要になります。

 参加するプレイヤーの数が適正な数であれば、恐らくは「専門職型」のキャラクターを中心に、「万能系」のキャラクターを数名加えるのが得策でしょう。
 「専門職型」のキャラクターにも失敗はあり得ますし、その場合に違うキャラクターが同じ事に挑戦できるメリットは、冒険者にとってはとても魅力的でしょう。
 また、「専門職型」は自分の専門分野で実力を余す所無く発揮できますし、「万能系」はどんな場面でもそこそこに活躍できますので、全員が等しく楽しめるはずです。

 さて、ここでは「プレイヤー」の都合ばかり考えてきましたが、この「キャラクターの作り方」はリアリティを損なう物ではありません。

 それは、パーティを組むに当たってはお互いの長所を引き出し、欠点を補うという事が一番重要な点だからです。
 人数が少ないパーティでは互いをかばいあう事は非常に難しい為、全員がそれなりに何にでも対処できなければ生き残れません。
 逆に、人数の多いパーティでは互いをかばいあう余裕がありますから、「俺は魔法を唱えるから、その間敵から守ってくれ!」という事ができますし、秀でた能力を持っている仲間がパーティにいる事は大きな利点となります。

 こう考えると、スキル制TRPGシステムのキャラクター達は、クラス制のシステムに比べると色々と考えてパーティを組んでいる、という事になりますね。
 しかし、誰だって死にたいとは思っていないでしょうから、これは当然の事なのかも知れませんね。

 さて、このように「色々考える」事が必要なスキル制TRPGシステムですが、貴方はどのように考えてキャラクターを作っているのでしょうか?
 「色々できる」システムだからこそ、他のキャラクターとの相互関係を考える事も必要なのではないでしょうか。

如月翔也

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42.モンスター

 ファンタジーTRPGを語る上で、絶対に外せないと言っても良い要素の1つにモンスターの存在があげられます。
 この「モンスター」というのは、まあ「怪物」という意味と考えて問題はないでしょう。
 今回は、この「モンスター」について考えてみましょう。

 ファンタジーTRPGではライオンの様に「現実に存在する生き物」から巨大アリの様な「現実の生き物とちょっと違う生き物」、あるいはドラゴンの様に「現実に存在しない(とされる)生き物 」や、ゴブリンのような「幻想世界の生き物」、そしてダークエルフのように「人間ではないが怪物とも言えないような生き物」などを含んだ、様々な生き物(あるいは生きていない物)がモンスターとして扱われます。

 さて、このように例を挙げるとTRPGにおける「モンスター」という種別の規定についてよくわからなくなってくるかも知れませんね。
 しかし、この「モンスター」という種別については、簡単に言い表す事ができます。

 モンスターとは、「人間に害をなす物」であり、かつ「亜人間(デミ・ヒューマン)として認められていない物」という2つの条件を満たす物を指すのです。

 ちなみに、ここで言う(一般的な)「亜人間(デミ・ヒューマン)」とは、「人間ではない知的種族であり、かつ人間とある程度の共存関係を築き得る物」を指します。
 エルフやドワーフ、ホビットなどは「知的種族」であり、かつ「人間と共存関係を築いている種族」である為に、「モンスター」ではなく「亜人間」として認められている訳ですね。
 逆に、ダークエルフやゴブリンが「モンスター」とされるのは、「知的種族」ではあるものの「人間と共存関係を築いていない(あるいは築けない)種族」だからだ、という事になります。

 逆に言うと、「モンスター」というのは「人間と共存できない物」、すなわち「人間の敵」を指す訳で、TRPGにおける冒険者達がモンスターを倒す事で名声を得る事ができるのは、ある意味当然の事と言えるかも知れませんね。

 最近、「迷宮を突き進んでモンスターを倒す」シナリオというのは忌避されがちですが、このような事を考えながらやってみると、また違った楽しみが見つかるのではないでしょうか...?

如月翔也

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43.盗賊

 さて、ここのコラムでは「戦士」「魔法使い」「神官」と、ファンタジーRPGの定番クラスの3つまでを題材にしてきました。
 定番クラスとして、残るは「盗賊」ただ一つです。
 今回は、この「盗賊」キャラクターについて、軽く触れてみましょう。

 まず、最初に書かなければならないのは、実際の中世ヨーロッパの盗賊と、ファンタジーRPGでの盗賊は全く別物と言って良いほどに違う物である、という事です。
 ファンタジーRPGでの盗賊は闘ったり、罠を解除したり、ある意味パーティの雑用係とでも言うべきな様々な能力を駆使します。
 それに対して、実際の盗賊とはそのまま「こそ泥」であり、人の財布を狙って生きている「街のハイエナ」であり、ただの無法者です。
 この「盗賊」のイメージの違いは、「騎士」のイメージの違いにも匹敵する程のものがありますね。

 さて、では実際にリアリティのある盗賊はどちらなのでしょうか?

 これは、「騎士」と同じく、やはり「パーティの雑用係」の方が向いている、と言えると思います。
 イメージの問題や、ゲーム的な問題もありますが、この「盗賊」に関してはファンタジーRPGの世界観に根付くリアリティがあるからです。

 ファンタジーの世界でも、現実と同じく「盗み」には罰が下されるのが普通です。
 ですから、「盗賊」になるような人間は、今日の糧すら危うい、非常に悲しい境遇の人達である事は容易に想像がつきます。

 現実世界では、そこらには宝は転がっていませんから、「人のお宝」を狙うしか生き延びる術が無い事だって充分に考えられるでしょうし、そうなれば選択の余地はないでしょう。

 しかし、ファンタジーの世界では違います
 絶えず戦争や戦いが起きている世界ですから、「戦い」に身を投じる事で生きるチャンスを得る事ができますし、あるいは各所に点在する「宝の眠った遺跡」に全てを賭ける事もできるのです。

 当然、この選択はどちらも命を賭ける事ですから、それができない者は「人のお宝」を狙う事になりますが、これは選択した結果、悪人になっていると言う事であり、それは「英雄候補」として失格なのです。

 それに、実際問題として、ファンタジーの世界では「人の物を盗む」事で生計を立てる者が存在できる程、生産性に余裕はありませんし、盗まれる程の物を持つ者も貴族や大商人くらいしかいません。
 そして、貴族や商人はメンツを大事にしますから、彼等から物を盗むと言う事は、戦争以上に命懸けの事なのです。

 それを考えると、貧しい者は戦争や冒険に一縷の望みを見いだそうとする事は自然ですし、そうなればパーティに最低1人の盗賊がいるのも頷けるはずです。
 盗賊は戦士ほど強くもなければ、神官や魔法使いのような特殊な能力を持っている訳でもありません。ですから、パーティに残る為に「何でもできる」事を目指して努力するのも頷けるでしょう。
 このようにして、ファンタジー世界の盗賊は戦い、冒険に挑戦し、そして様々な技術を駆使するようになるのです。

 それを考えると、「盗賊」とは悪人ではなく、むしろ最後の一線を踏み外さないように日夜努力している「日常の聖者」なのかも知れませんね。
 さて、貴方のパーティの盗賊は、悪人なのでしょうか、それとも...?

如月翔也

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44.システムを楽しむ

 最近になって陰りが見え始めたとはいえ、いまだにTRPGというジャンルには様々な作品が存在しています。
 ジャンルで分けるとファンタジーやホラー、SF、学園物、現代物などのジャンルがありますし、各ジャンルにも相当の数のシステムが存在しています。

 ジャンルだけで考えるのであれば、ジャンル毎に1つのシステムさえあれば充分であるはずですが、現実としてはジャンル毎に色々なシステムがあり、それが様々に評価されています。
 今回は、その数多く存在する「システム」について、考えてみたいと思います。

 TRPGのシステムというのは、要するに「ルール」と「データ」の集合に過ぎません。
 「ジャンル」というのはデータの傾向に過ぎませんし、「背景世界」というのもデータに過ぎないからです。
 しかし、この「ルール」と「データ」という物は、TRPGの楽しさを左右する大きな要素がいくつも含まれているのです。

 「ルール」というのは、すなわちそのシステムで「できる事」・「できない事」、そしてその中間点である「できるかどうかわからない事」を表す指針です。
 「データ」というのは、そのシステムで用意された「道具」であり、「参考資料」でもあります。

 これは単体で考えるとごく普通の物ですが、この2つの要素を組み合わせて見ると、実に明確に「システムで表現したい物」が見えてきます。

 例えば、武器や防具のデータが多く、戦闘のルールが充実しているシステムは「戦闘」を楽しんで欲しいのでしょうし、逆に演技方針や演技による修正ルールが充実しているシステムは「演技」を楽しんで欲しいのです。
 あるいは、最初からキャラクターの戦闘能力が高いようなシステムは「戦闘」を楽しんで欲しいのでしょうし、キャラクターの背景データが多いシステムは「世界観」を楽しんで欲しいのでしょう。

 そして、システムというのは基本的に「表現したい物」を楽しむ為の物であり、それ以外の物を目指すよりも「表現したい物」を楽しむ方が格段に面白くなるように作られています。
(そうでない物はデザイナーに能力がなかったか、あるいは明確な目標がなかったかのどちらかでしょう)

 このように、システムを「読む」事によって、TRPGのデザイナーが「何を楽しんで欲しくて作った」かがわかりますし、それはすなわち「そのTRPGの売り」がわかると言う事です。
 そして、「売り」に従ったTRPGをする事で、そのTRPGを正統に楽しむ事ができるはずですし、そのTRPGに対して正統な評価をする事ができます。

 同じジャンルのTRPGでも、表現したい物が違えば、それは全く別のゲームになりますし、別種の楽しみが凝縮されているはずです。
 せっかく入手したTRPGのシステムですから、その「楽しみ」を逃す事がないよう、「システムを楽しむ」事に挑戦してみるのも、また良い事かも知れませんね。

 みなさんも、1つのシステムにこだわらず、様々なシステムを楽しんでみませんか?
 きっと、今までと違ったTRPGの楽しみや、新しい視点について触れる事ができると思いますよ。

如月翔也

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45.ダレるセッション

 TRPGとは、とても楽しく、エキサイティングで、かつ創造的で想像的な素晴らしい遊びです。
 この魅力に取り憑かれると、自分の時間と金銭、そして想像力の許す限り、どこまででも遊び続けてしまうと言う、ある意味呪いのような遊びだと言っても過言ではないでしょう。

 しかし、実際にTRPGをやっていると、マスターが悪いのか、プレイヤーが悪いのか、セッションが「ダレて」しまう事もままあります。
 でも、TRPGというのは良くて半日、普通は丸1日を使ってしまう物ですから、セッションがダレてしまうと、楽しいはずの1日がつまらない物になってしまい、凄くもったいないですよね。
 実際、ダレたTRPGをやった後などは、「こんな事なら家で寝てればよかった」等という悲しい気持ちになってしまいます。

 さて、このとても悲しい「ダレ」ですが、何故、起こるのでしょうか?
 どうすれば、「ダレ」を防げるのでしょうか?

 まず、何故セッションがダレるかという事について考えてみましょう。
 結論から言うと、「セッションがつまらない」「セッションが苦痛である」「セッションが面白くない」という不愉快な状態によって、セッションに対する集中力が失われる為に起こります。

 セッションが楽しくて愉快であり、全員のセッションに対する集中力がある間は、TRPGは「最高に面白い」物ですし、ダレるなんて事は考えもつきませんよね?

 つまり、何かが原因で、楽しいセッションが「不愉快な物」になってしまった為に、ダレがおきるのです。

 セッション時間の8割が戦闘シーンだったら、戦闘にも飽きますよね?
 いつも「ナントカ退治」(しかもヒネリなし)というシナリオでは、展開が嫌になりますよね?
 マスターの演じるNPCが五月蠅すぎ、シナリオ展開もわかりきっている物だと、ゲーム自体がつまらないですよね?
 でしゃばりプレイヤーが自分のPCの行動に口を挟みすぎると、鬱陶しいですよね?
 シナリオに関係ないロールプレイを延々としていると、辛くなってきますよね?

 こういった、ありがちな事がセッションを「ダレ」させる原因でもあるのです。

 TRPGはゲームであり、ゲームはテンポ(拍子)も重要ですし、バラエティ(多様性)も重要です。
 この2つの要素のないTRPGは、いつかは飽きますし、その前にダレてしまう可能性が非常に大きいのです。

 ロックばりのアップテンポの後はバラードのようなスローテンポ、シリアスの後はややコメディタッチ、まるで映画やアニメの作り方のようですが、プレイヤー・マスターが共に少し気を付けるだけで、TRPGの楽しみは更に広がります。

 貴方も、テンポとバラエティに気を付けてTRPGをしてみませんか?
 ちょっと気を付けるだけで、きっと、飽きる事なく楽しいTRPGを続ける事ができると思いますよ。

如月翔也

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46.個性の作り方

 TRPGでは「個性」を持ったPC達がシナリオに挑戦し、その課程を楽しむゲームです。
 この「個性」という物はただのデータの集まりでしかなかった「キャラクターシート上の存在」に命を吹き込み、ただの「駒」でしかなかった物を「1人の存在」に変化させてくれます。
 さて、それでは、キャラクターの「個性」とは、どうやって作り、演じる物なのでしょうか?

 実際にキャラクターに個性を持たせる場合、2つの方法があります。
 「性格の指針」を作り、それを演じる方法と、「行動の指針」を作り、それを実践する方法の2つです。

 実際に人間の「個性」を観察すると、「個性」というのは「性格の傾向」と「行動の傾向」という2つの傾向からなる物です。

 例を挙げてみましょう。
 短気である、暢気である、怒りっぽい、細かい事は気にしない、というのは性格の傾向ですよね?
 ケチである、手が早い、慎重であるなどは行動の傾向であると言えるでしょう。

 しかし、現実でもTRPGでも「個性」というのはその人物を「外から見て」判断される物です。
 ですから、「粗暴に振る舞うが実は心優しい大男」であっても、「実は優しい」部分を他人に見せる機会がないと、ただの「粗暴な大男」になってしまいます。

 そこから考えると、「個性」を演じる場合、実際に行動の端々に「個性」を滲ませる事が必要になります。
 行動に滲ませたくない場合、プレイヤーの宣言時に「本当は助けたいけど、本人のために心を鬼にして”お前の行動の結果だ。お前が責任を取れ”と言います」と言う等の配慮が必要になりますし、それが口だけではない事を証明する為に、必要なシーンでは優しい行動を取らなければなりません。

 それができないと、キャラクターは「個性」を持っている事にはなりませんし、TRPGでは「個性」を持たないキャラクターと絡むのは非常に難しく、TRPGの進行や(自分を含んだ)皆が楽しむ事に大きな障害になってしまうのです。

 「個性」というのは、その人物の思考・嗜好・傾向など全て含めた大きな概念です。
 この「個性」はプレイヤーに任されている事が大半ですが、それだけに充分に注意して、かつ他人に対するアピールが可能なように演じなければなりません。

 そう、キャラクターシートの隅に走り書きした物が「個性」ではないのです。
 セッションを通してプレイヤー・キャラクター・マスターに理解された物こそがそのキャラクターの「個性」であり、だからこそTRPGでは「個性」が重要とされるのです。

 どうでしょう、貴方のキャラクターの「個性」は、貴方と同一ではないでしょうか...?
 能力値や種族・性別だけが異なる「貴方」ではなく、本当に別人のキャラクターに挑戦してみる、というのもTRPGの粋な楽しみ方なのではないでしょうか?

如月翔也

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47.課程を楽しむ

 さて、前のコラム(コラム46)では、以下のように書きました。
 TRPGでは「個性」を持ったPC達がシナリオに挑戦し、その課程を楽しむゲームです。

 さて、この課程を楽しむという事ですが、これはどういう事なのでしょうか?
 今回はその点について考えてみましょう。

 TRPGは基本的には「目的達成」を目指す物ですが、「目的達成型」のゲームとは趣が少々異なります。
 それは、第一に「明確な目標が設定されていない」為であり、第二に「プレイヤー/キャラクターの個々の目標が異なる事が多い」為であり、そして「プレイヤー/キャラクター同士の目標が互いの目標達成を妨げない事が多い」為です。

 やはり、このように書くと難しいですね。

 普通の「目標達成型」のゲームでは、勝ちの条件が決まっており、プレイヤーの目標は勝つ事であり、他のプレイヤーは自分が勝つ事を邪魔する存在である訳です。
 しかし、TRPGでは「勝つための条件」なんてありませんし、プレイヤーとキャラクターは別物ですからキャラクターが勝手に自分の目標を持ってしまいます。
 その為に、キャラクター同士が邪魔しあう事は少なく、むしろ協力しあって事に当たるのが普通でしょう。

 そういった訳で、TRPGではプレイヤー/キャラクターは競い合う事は少なく、大抵は互いに協力しあって「困難」「障害」に立ち向かって行きます。

 その為、「目的達成型ゲーム」のプレイの課程は少なからず「敵意的」であり「閉鎖的」であるのに対し、TRPGのプレイの課程は「好意的」「開放的」である、という特徴が現れてきます。
 そして、「好意的」「開放的」である為に、TRPGは真にプレイの課程を楽しむ事ができるのです。

 他の「目的達成型ゲーム」でプレイを楽しむ場合、それは結局「駆け引き」や「運」を楽しんでいるに過ぎません。
 しかし、TRPGでは「キャラクターの人間関係」「シナリオの細部」「シナリオに関係しない部分」といった(シナリオの)目標達成に関連しない部分をも十分に楽しむ事ができますし、関連しないと思わせておいて実は関連するといった細かいギミックを楽しむ事ができるのです。

 もちろん、TRPGは大前提として「シナリオ、あるいはキャラクターの目標を達成する」ゲームですから、目標を達成しなくても良いという事には直結しませんが、それでも目標の達成以外の部分、いわゆる「余裕」の部分に十分な時間を割く事ができるのは大きなメリットですし、それによって楽しみが幾重にも重なり、単調ではないゲームを楽しむ事ができるのです。

 これらの点を考えると、TRPGとは重層的な魅力のあるゲームである、という事がいえるのではないでしょうか?

 さて、こんな魅力のあるTRPGですが、貴方がたはどのようにTRPGを楽しんでおいででしょうか?
 しっかりと作られたシナリオを「重要部分」にこだわって遊ぶTRPGも面白い物ですが、あえてシナリオの「重要部分」以外にスポットをあててみるのも、きっと新しい発見があって楽しい物だと思いますよ。

如月翔也

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48.一本道シナリオ

 TRPGでよく聞かれる悪口(評論?)に「一本道シナリオ」という物があります。
 この「一本道シナリオ」とは何なのでしょうか?何故、悪いのでしょうか?それを回避するにはどうすればいいのでしょうか?
 今回は、いつものコラムと趣向を変えて、「一本道シナリオ」を考えてみましょう。

 さて、この「一本道シナリオ」ですが、その名の通り、シナリオ内に分岐のない、話の流れが一本道のシナリオを指します。
 依頼を引き受けた所からシナリオが始まり、キャラクターの行動に関係なくイベントが進み、やはりキャラクターの行動に関係なく話が完結してしまう様なシナリオは、悪意を持って「一本道シナリオ」と呼ばれる事が多いようです。

 「一本道シナリオ」はストーリーテリングを行う為には良い技法なのですが、この場合、マスターが自分の作ったストーリーに陶酔してしまう事が多い事や、ストーリーを優先させるあまりプレイヤーに「ゲーム性がない」と思わせてしまう事、あるいはプレイヤーの判断や葛藤が意味をなさなかったり、そもそも判断や葛藤というTRPGの醍醐味の部分がなくなってしまう為、「ストーリーが面白くない」・「ゲーム性がない」・「判断・葛藤がない」という、プレイヤー不在のセッションとなってしまう為、良くないと判断される事が多いのです。

 これは、逆に言えば「他人から見ても良いストーリーである」「ゲーム性を重視しつつ、ストーリー性を損なわない」「判断・葛藤があり、それが意味をなす」というポイントさえ守れれば、一本道シナリオでも全く問題がない、という事にもなります。

 では、「一本道シナリオ」の悪い点を回避し、良い「一本道シナリオ」にする為にはどんな事に注意すればいいかを考えてみましょう。

 第一に、ストーリーはあくまで「わかりやすく」する事です。
 どんでん返しは1回か2回が限界でしょうし、後で効いてくる「伏線」等は簡単な物を少しだけ仕込む程度にした方が良いでしょう。
 どんなに完全なストーリーでも、理解されなければ面白くないのです。

 第二に、ゲーム性という点では「判定」に成功した場合と失敗した場合の展開を別に用意する事です。
 別の展開でも、最終的に一つの方向に向かって行く、という形でシナリオを組めば、ストーリーを壊す事なくゲーム性を保つ事ができます。

 第三に、「判断・葛藤」に関しては、キャラクターにどんどんと情報を与え、判断と決断を行わせる事です。
 この場合、「選んで欲しい選択肢」がある場合(大抵はそうでしょう)、「選んで欲しい選択肢」の方が有利であると判断できる情報を多く与える事で、心理的に誘導する事ができます。
 また、この方法に第二の「収束法」を使うとより有効でしょう。

 そして、最後に一番重要な部分です。
 それは、「シナリオを作りすぎない事」です。
 一本道シナリオというのは、ある程度の方向性と、その為の指針をしっかりと作ってさえしまえば、それ以上は作る必要がないのです。
 作ってしまえばこだわってしまうのがマスターの心情ですから、どうしても「押し」「引き」を多用してしまい、結果としてプレイヤーの自由度を低くしてしまう事になってしまうのです。

 一本道シナリオでもそう思われないだけの自由度があり、プレイヤーにもバレない一本道シナリオ。
 そんな、魔法のような一本道シナリオを、貴方も作ってみませんか?
 色々なテクニックを使いますが、このテクニックは色々なところで役に立ちますし、こんなタイプのシナリオも面白い物ですよ。

如月翔也

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49.セッションの重要ポイント

 TRPGの1つの完結したプレイを「セッション」と言います。
 要するに、ゲームを開始し、シナリオを進行し、シナリオを終了させ、ゲームを終了するまでの1つの流れを「セッション」と言う訳です。
 TRPGでは1つのセッションからなる「単発シナリオ」、複数のセッションからなる「連続(キャンペーン)シナリオ」などがありますが、それら全てはセッションによって形成されている訳ですね。

 さて、このTRPGの「セッション」ですが、これを行う時にはいくつか考えなければならない事があります。
 今回のコラムでは、その「セッション」の重要なポイントについて考えてみましょう。

 さて、要するにセッションというのは大概は「1回のゲーム」を指します。
 ゲームとは、当然「楽しみ」を追求する物ですから、セッションで一番重要なのは「楽しむ」事です。

 しかし、TRPGには色々な形での楽しみ方があります。
 マスターの語るストーリーを楽しむ。キャラクターの役割演技(ロールプレイ)を楽しむ。キャラクターの人格演技(キャラクタープレイ)を楽しむ。アクションシーンを楽しむ。幻想世界での日常生活を楽しむ。e.t.c...

 これらのどれも、TRPGの根幹をなす「楽しみ」です。
 しかし、実はこれらはセッションで一番大事な「楽しみ」ではないのです。

 これらの多様な楽しみに埋没しがちですが、セッションで一番大事なのは、実はセッションの完成を楽しむ事なのです。

 セッションというのは多くの要素でできています。
 マスターの作ったプロット、プレイヤーの行う役割/人格の演技、アクションシーンや日常生活、あるいは世界観やダイス運。これら全てがセッションを成立させる為に必要な要素ですし、これらが高いレベルで統一されたセッションは他に変えられない楽しみを提供してくれます。
 しかし、その要素の1つ1つは突出してしまうと他を阻害してしまうという性質を持っている物が多く、要素の1つが突出してしまうとセッションを阻害してしまう事になりかねないのです。

 そして、阻害されてしまったセッションというのはもはやTRPGではなく、TであったりRであったりPであったりGであったり、とにかくなにか偏ってしまった物となってしまいます。
 これでは、TRPGを楽しんだ事にはなりませんし、そもそも面白くない物になってしまう可能性が非常に高いのです。

 だからこそ、プレイヤーもマスターも、自分が「楽しい」と思う部分をある程度で抑え、他の部分を高める事を考えなければなりません。

 これは面倒にも思えますが、TRPGの個々の「楽しみ」は複合させる事によって格段に面白くなりますから、慣れてさえしまえば非常に簡単で、かつ面白い物なんですね。
 そして、それによってTRPGの楽しみは無限に広がりますし、面識のないTRPGプレイヤーとのセッションでもうまく立ち回る事ができるようになり、TRPGの世界も広げやすくなるのです。

 マスター、あるいはプレイヤーとして長くTRPGの経験を積んでいると、「TRPGはこれが面白いんだ!」という自分のこだわりが大きくなってきます。
 ですが、それはTRPGと自分の可能性を制限する物であり、実にもったいない事なのです。

 こだわりはあった方が面白いのは事実ですが、そのこだわりを持った上で、他の要素にも挑戦してセッションの完成を楽しんでみませんか?
 きっと、今まで以上に華麗でエキサイティングなTRPGが楽しめると思いますよ。

如月翔也

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50.TRPGで重要な1つのバランス

 このコラムもめでたく50個目を迎えました。
 今回はそれを記念して、TRPGでとても重要だと思える部分について、考えてみたいと思います。

 TRPGを端的に表現する言葉として、「物語を楽しむゲーム」である、という物があります。
 これは、「物語」をストーリー性・キャラクター性と考えると、確かにTRPGを端的に表現していると言えるでしょう。

 さて、そんなTRPGですが、いつもついて回る命題として、「物語」と「ゲーム」のどちらを優先させるべきであるか、という問題があります。
 あるいは、「人格演技」と「役割演技」のどちらを優先させるべきかという問題も、TRPGを語るにあたっては外せない要素であると言えるでしょう。

 しかし、実はこの2つの問題ですが、これは1つの問題に帰着する問題です。
 すなわち、「物語性」を優先するか「ゲーム性」を優先するか、という問題なのです。

 TRPGにおける「人格演技」というのは、すなわち「物語性」を追求した結果に過ぎません。
 物語性を追求すると、ゲームの進行や利害の対立を考える以前に、「物語に登場するキャラクター」としての完成度を高める必要が出てきます。

 逆に、TRPGにおける「役割演技」というのは、「ゲーム性」の追求と重なるところが大きいのです。
 ゲーム性を追求すると、ゲームの進行や利害の対立を考える為に、キャラクター性よりも「ゲーム内で割り当てられた役目」という役割をこなさせる必要性が高まってくる為です。

 これは、互いを阻害する要素であり、片方を高める為には必然的に他方を低めてしまう結果となってしまいます。

 この「物語性」と「ゲーム性」の対立が、現在のTRPGを2つの派閥に分けてしまっているのではないでしょうか?

 しかし、この「両極端」ですが、これを両立させない事には「TRPG」ではないのです。
 「物語性」のみの物は、単なるフルアドリブ演劇(言葉のみ)に過ぎず、「ゲーム性」のみの物は、単なる異色シミュレーションゲームに過ぎなくなってしまうからです。
 そう、TRPGとは、「物語性」を楽しみつつ、「ゲーム性」をも楽しむという、実に難しいバランスの上になりたった物なのです。

 このバランスは、「キャラクター」を使う事によって実現する事ができます。
 建前上、TRPGのキャラクターはプレイヤーと別の「リアルな」存在です。
 キャラクターはその背景設定から、「感情」「理性」「道徳性」といったファクターを持ち合わせていますし、その発露も状況の変化と同時に刻々と変化しますから、実在の人間と同様に「感情を優先する」「冷静に合理的に行動する」「自分の思うままに行動する」「人に求められた行動をとる」という様々な方向性を切り替える事ができるのです。

 これにより、TRPGは場面場面で「物語性」・「ゲーム性」をプレイヤー/キャラクターの判断によって切り替える事ができますし、プレイヤー/キャラクターが集まる事でそのバランスを刻々と変化させていく事ができるのです。

 どうも、難しい話になってしまいましたね。
 では、簡単に訳してみましょう。
 TRPGとはプレイヤー/キャラクターの判断によって、「物語性重視」「ゲーム性重視」を切り替える事ができるものであり、それが集まる事で1つのバランスを作り上げる事ができるゲームなのだ。
 という事です。

 さて、そんな「バランスの切り替え/作成」のできるTRPGですが、みなさんはどのようにプレイされていますか?
 いつも「物語性重視」・「ゲーム性重視」ばかりではなく、そのバランスを楽しんだり、あるいは全く逆のファクターに挑戦してみるのも、TRPGを長く・深く楽しむ為の秘訣だと思いますよ...

如月翔也

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