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【Column】:TRPGよもやま話 51-60
 このページはTRPGに関する事を色々考え、
 もっとTRPGを楽しむ為の方法を考える、
ごった煮考察ページです。

コラム・目次
51.コンベンションに行こう!
52.キャラクターを「生かす」
53.「一人歩き」と「暴走」
54.野宿
55.冒険者の日常生活
56.情報料
57.ファンタジーの種別
58.酒
59.上手いマスタリング
60.盗賊ギルド

51.コンベンションに行こう!

 みなさんは、TRPGのコンベンションをご存じですか?
 コンベンションとは大きな会場を借りて、不特定多数の人間がTRPGを楽しむ、非常に楽しいイベントです。

 以前は色々な所でコンベンションが開催されていましたが、最近はTRPGブームの縮小に伴い、コンベンションの開催も少なくなってきているようです。
 しかし、コンベンション自体は絶対に意味のある物ですし、楽しい物なのです。
 そこで今回は、コンベンションの復興を願って、コンベンションの良さを考えてみたいと思います。

 コンベンションの一番のポイントは、「不特定多数」によってTRPGが行われるという所です。

 これは、普通は(オンリーコンベンションでもない限り)色々なシステムが遊ばれるという事です。
 また、1つの卓に入るメンバーも大抵は「不特定」ですから、今までの自分の環境と異なる環境でTRPGを楽しむ事ができますし、卓にいるGMもプレイヤーも「自分たちにない」物を持っている人達であるはずです。
 ですから「色々なシステムを楽しんでみたい人」や「色々な人とTRPGを楽しんでみたい人」にとっては、コンベンションとは非常に有意義な物なのです。

 また、コンベンションは「1つのシステムを極めてみたい人」や、「同じメンバーと”濃い”TRPGを楽しみたい人」にも大きな意味があります。
 1つの環境でTRPGを続けていると、そのスタイルは固定化されて行きます。
 従って、1つのシステムは1つの視点でしか見られていないでしょうし、プレイスタイルや演技の指針なども1つの方向性にまとまってしまうでしょう。
 しかし、コンベンションに参加している人達は「貴方のグループ」の人ではありませんから、貴方のグループとは違う視点でシステムを見ているでしょうし、プレイスタイルや演技の指針も異なっているはずです。
 これを、コンベンションに参加して共に経験し、良いところを持ち帰る事で、「貴方のグループ」にも新しい風を吹き込む事が可能になるのです。
 そして、その「新しい発見」や「改めて気づいた事」というのは、TRPGに限らず、その趣味の楽しさをぐっと高めてくれる物なのです。

 それを考えると、コンベンションというのは参加するだけでも大きな意義のある事なんですね。

 さて、話は変わりますが、GMとプレイヤーの関係で言われている事と同じく、コンベンションというのも「GM(主催者)はプレイヤー(参加者)よりも難しい点もあるが、おもしろさは格段上である」という類の物です。
 確かに今はコンベンションの数は多くはありません。
 しかし、TRPGのおもしろさを考えると、TRPGの(潜在的な者も含む)愛好者は大幅に減っている、とは考えづらいですよね?
 そうすると、逆に、今、大々的にコンベンションを開けば、お客さんも多いのではないでしょうか?
 それを考えると、今がチャンスなのかも知れませんね。

 さて、こんな素晴らしい意味のあるコンベンションですが、貴方はコンベンションに参加した事がありますか?
 あるいは、主催してみるのも、決して悪い事ではないと思いますよ...

如月翔也

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52.キャラクターを「生かす」

 さて、TRPGのプレイにおいて注意しなければならない事の1つに、「キャラクターを生かす」事があげられます。

 そもそも、TRPGに登場するプレイヤーキャラクターには色々な側面があります。
 PCというのは、職業(あるいはクラス)や能力値の様なデータな側面、生い立ちや冒険に出るまでの経緯と言った背景的な側面、性格や癖などの内面的な側面など、現実世界の人間と同じだけの重さを持った「人物」としての側面を持っているはずです。
 そして、それを十分に生かしつつ、それでいてゲームを壊さず、セッションを壊さない様に考えてキャラクター行動させる事が「キャラクターを生かす」という事なのです。

 TRPGによく見られる「あまり良くない遊び方」として、「キャラクターのデータ的な部分だけを重視して楽しむ(ゲーム偏重)」「キャラクターの背景設定とシナリオの流れだけを重視して楽しむ(ストーリー偏重)」「キャラクターに与えれらた役割だけを楽しむ(ロールプレイ偏重)」「キャラクターの性格だけを重視して楽しむ(キャラクター偏重)」と言う物があります。
 これが「あまり良くない」、あるいは「良くない」とされるのは、実はこのような遊び方ではキャラクターが生きていないからなのです。

 TRPGには「ゲーム性」「ストーリー性」「ロールプレイ性」「キャラクター性」と言ったファクターがあり、そのバランスを取りながら1つのセッションを完成させていく事が目標の1つでもあります。
 しかし、1つのファクターを偏重しすぎると、それはTRPGのセッションではなくなってしまうのです。
 そして、それと同時に、1つのファクターを偏重しすぎると、それは「生きた」キャラクターでもなくなってしまうのです。

 キャラクターというのは現実世界に息づく人々と同じだけの存在の重さを持った人間です。
 そして、「セッション」というのはその人間の1つの「人生の転機」、あるいは「人生における1つのトラブル」を表す物なのです。
 普通、現実世界に息づく人は、「転機」あるいは「トラブル」においては、色々と考えて行動しているはずです。

 それが貴方であれ、知らない誰かであれ、「転機」や「トラブル」にはこう考えて行動しているのではないでしょうか?
 「どうすればより良い結果を出せるだろうか?」
 「流れ的にはどうすれば上手くまとめられるだろうか?」
 「周りからはどうする事が求められているのだろうか?」
 「どうすればより自分らしいだろうか?」

 そう、同じ様に、本当の意味で生きているキャラクターも、そのように考えているはずですし、そうであるべきなのです。

 そうでなく、いつでも同じ判断基準で動いている人間というのは現実的ではありませんし、少なくとも「普通」に存在しているとは言えないでしょう。
 そして、「現実的」ではなく「普通」でもないキャラクターでは、プレイヤーは十分にTRPGを楽しむ事はできないのです。

 普通の人間が、何か重大な決断を下して行動する時は、少なからず葛藤に悩まされるものです。
 それと同じく、キャラクター達も色々な価値判断からの葛藤に悩まされるものなのです。

 おとぎ話の主人公のように葛藤しないキャラクターと、実に「人間らしく」葛藤するキャラクター、貴方だったらどっちがより身近に感じられますか...?
 身近に感じられる事、というのは、すなわち「よりその世界にのめり込める」という事です。

 どうでしょう、あなた方も、人間臭い葛藤するキャラクターをやってみませんか?
 きっと、今まで以上に貴方のキャラクターが「生きている」実感を味わう事ができると思いますよ...

如月翔也

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53.「一人歩き」と「暴走」

 TRPGのセッションは、ある意味で「小説を書く」事や「演劇をする」事に似ています。
 それを証明するように、プレイヤー(あるいは小説家・役者)の作ったキャラクターが、それを作成した(あるいは表現している)本人の制御を外れ、自己主張を始めてしまうと言う事が、TRPGのセッションではままあります。

 この、「キャラクターが作成者の手を離れ、自己主張を始めてしまう事」をキャラクターの一人歩きといいます。

 これは、1人のキャラクターを長く表現し続けていくと、そのキャラクターが表現者の中で確固とした自我を持った存在として確立されていき、ついには表現者が何かを考える事無く、キャラクターがキャラクターとしての表現を始めてしまう、という事で、数多くの小説家や漫画家、あるいは役者や俳優が「実際に体験した」と証言している事です。

 これは、そのキャラクターの表現者が常に「この状況の場合、このキャラクターなら、このような理由付けにより、こう行動するだろう」という事を考え続け、それが自然と作成者の身に付き、ごく自然な事として「そのキャラクターの思考」を行う為、最終的にはそれを意識する事なく、最もそのキャラクターらしい行動を決定する様になっていく為でしょう。

 さて、そんな「キャラクターの一人歩き」ですが、これはTRPGをしている人にとっては非常に楽しい事ですし、ある意味ではTRPGの最高の到達点とも言えるでしょう。
 しかし、この「一人歩き」に酷似しており、同時に非常に楽しくない状況という物もあります。

 ここでは、それをキャラクターの暴走と名付けましょう。

 キャラクターの暴走は、表現者(あるいは作成者)がキャラクターの個性に振り回され、周りを見る余裕すら無く「キャラクターの個性の表現」に固執している状況を指します。
 一人歩きするキャラクターは完全にナチュラルな存在であるのに対し、暴走するキャラクターというのは「肥大化した個性」をたれ流し続けるだけの存在であり、TRPGのセッションにおいて最大の障害となり得る深刻な問題でもあります。

 この「一人歩き」と「暴走」の違いですが、これは簡単にプレイヤーの責任であり、問題であると言えます。
 「一人歩き」するキャラクターというのは常に真剣に考え、常に葛藤の中にあるという状況から生まれるのに対し、「暴走」するキャラクターというのはプレイヤーがキャラクターに押しつけた「個性」という物に固執し、同時にそれを必要以上に強く表現しようとする状況から生まれるからです。

 TRPGではキャラクターを引き立たせる為に「個性」というキーワードを利用する事が大変多いのですが、それを必要以上に盛り込もうとすると、キャラクターにリアリティがなくなるばかりか、キャラクターを暴走させ、セッションを破壊する要因となりかねないのです。

 TRPGでは様々なバランスが求められます。
 実は、その中には、「キャラクターの個性の強さと整合性」のバランスの良さも求められている事なのです。

 さて、貴方のキャラクターは、貴方の言う事をよく聞くお利口さんですか?
 それとも、貴方を振り回し、周りをも振り回す暴走機関車ですか?

 せっかくのキャラクターですから、どちらでもなく、貴方に負担を与えずに問題を解決してくれる、「理想のパートナー」になって欲しいものですね。

如月翔也

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54.野宿

 ファンタジーTRPGでは、目的の為に長距離を移動する事も少なくありません。
 その場合、パーティの魔術師が<瞬間移動>の呪文でも持っていない限り、主に徒歩か馬車、場合によっては乗用馬を使っての移動が主になります。

 しかし、大概の場合はキャラクターは乗用馬をもてる程の所持金に余裕はないでしょうし、街道の整備が悪い辺境地帯などでは馬車自体が通っていない事も多いでしょう。
 結局、キャラクター達は目的地までの長い道のりを、その2本の足だけで進む事となります。
 そして、徒歩で遠隔地に向かう場合、「野宿」をする事は避けられない運命でしょう。

 さて、この「野宿」ですが、冒険者にとってはある意味で必要不可欠な技術でもあります。
 この「野宿」の技術のないキャラクターは、長距離の旅の中でじわじわと体力を削り取られ、なにがしかのトラブルが起こった時、簡単に命を落としてしまいます。

 では、そうならない為に、キャラクター達はどのような点に注意をしなければいけないのでしょうか?

 まずは、食料と水の確保です。
 これはいつでも確保できるという類の物ではありませんから、保存食や水袋等を用意する必要があります。

 そして、睡眠をとる為の環境づくりです。
 地面に直接寝ると、地面からの冷えで体力を削り取られてしまいますから、マントや毛布を地面に引き、その上に寝ころぶという形になります。その上で身体に毛布を掛ければ、それなりに快適に眠ることが出来ますし、多少の体力の回復も行えます。
 また、安心して眠れるように、脇には焚き火を作り、常時1人が周囲を見張っているようにすべきです。
 山賊や夜行性の猛獣が火を見て接近してくる可能性は否めませんが、焚き火のない真っ暗な状況で猛獣の襲撃を受ける危険性に比べれば、明らかに焚き火をつけておく事は必要です。
 そして、交互に睡眠を取りつつ、1人が周囲に気を配る事によって、最低限の安全は確保されます。

 この2点に注意する事で、必要以上に体力を削られる事無く旅を続ける事ができます。

 旅慣れぬ素人がこの原則を知らず、長い旅路の途中で果てる事が多々ありますが、冒険者たるキャラクターが「ただの旅」で果てる訳には行きません。
 冒険者としての技術は、戦闘や魔法、探索や鍵開けだけに留まらず、旅の知識や技術なども含む、非常に大きな分野なんですね。

 このような知識はTRPGのプレイ上ではあまり役に立たない物ではあるかも知れませんが、このような事を知っているだけで、ただの野宿のシーンが想像力をかき立ててくれるようになりますよ。

 どうでしょう、貴方のキャラクターにも、「地面用」と「掛け布団用」の2枚の毛布を持たせてみませんか?
 これだけで、随分と旅慣れた雰囲気のキャラクターになると思いますよ...

如月翔也

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55.冒険者の日常生活

 さて、冒険者というのは「冒険を生業とする者」を指します。
 従って、冒険者は生活する為の費用を稼ぐ為に、冒険という手段を選んでいる訳です。

 しかし、冒険者は年中冒険している訳ではないはずです。
 冒険が終わった後で体力を回復させる為の期間、あるいは冒険で負った怪我を治す為に養生している時間、仲間内で都合をあわせる為の期間など、冒険をしている期間としていない期間では明らかに「冒険していない」期間の方が長くなると言うのが自然な考え方でしょう。

 それでは、冒険者は「冒険していない」期間はどのような日常生活を送っているのでしょうか?

 収入を使う暇すらなく次々と冒険をこなすのは明らかにハードワークであり、身体が持たなくなるでしょうし、収入の大半を使った時点で次の冒険を探しても、見つからなければ飢え死にしてしまいますから、冒険者の生活というのは大体は次のようなサイクルになっているはずです。

 1.冒険を行う。
 2.冒険で得た収入で、それなりに楽しく暮らす。
 3.冒険で得た収入をある程度使ってしまった時点で、次の冒険を探し始める。
 4.新たに見つけた冒険に出発する。

 さて、それでは「それなりに楽しく暮らす」間、冒険者はどうしているのでしょうか?

 戦士や盗賊、あるいは神官や魔法使い(すなわち冒険者)というのは基本的に技術職です。
 従って、だらだらと遊び暮らすだけでは身体や技術が鈍る一方で、少なくとも次の冒険で生き残る事を考えるのであれば、技術の低下を防ぐ為に最低限の訓練・鍛錬が必要になります。
 ですから、「それなりに楽しく暮らす」間でも、皆、それぞれの訓練・鍛錬を行っているはずです。

 そうすると、冒険者の戦士などは、冒険の収入を飲んだり遊んだりして使う反面、人目につかない所でひっそりと剣の素振りやイメージトレーニングに励んでいるという事になりますね。
 しかし、これは実に格好いい事ですし、このような人物だからこそ、英雄の資格があるのでしょう。

 この様に考えると、ファンタジーの世界でも、「努力なき者に栄光なし」という、実にわかりやすい概念が通用すると言う事ですね。

 さて、今回は冒険者の日常生活について考えてみた訳ですが、いかがだったでしょうか?
 これを応用して、「朝、戦士が日課である剣の素振りをしてる時に〜」等という、ちょっと洒落た導入などが考えられますね。

 我々一般人に「日常生活」がある様に、TRPGのキャラクターにも日常生活があるはずです。
 このような事をちょっとでも考えてみると、更にキャラクターが生き生きし始めると思いますよ...

如月翔也

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56.情報料

 剣と魔法のファンタジーには、大抵は盗賊ギルドという大きな組織があり、盗賊ギルドでは一般人の知らないような情報が飛び交っています。
 そして、その情報を得る為に、パーティの盗賊がギルドに情報料を支払って情報を買うというシーンはよく見られるシーンでしょう。
 しかし、日本人の常識から考えると、「情報」に金を払うのは馬鹿らしい事であり、不自然な事と思われる事が多々あります。
 この「常識」の違いは、どこから生まれてくるのでしょうか?

 それは、ファンタジーの世界(あるいは欧米の世界)が、「情報の質は行動の質に直結する」という世界だからなのです。
 日本を含む、昨今のIT事情を見ると分かる様に、1つの分野における「情報の量・質」の向上は、1つの分野を征するために必要不可欠な要素なのです。

 そして、「質の高い情報」という物は、それを集め、確認を取る為に大きな労力を要する物であり、本質的に高い価値を持つ物なのです。
 一般人が一般人から得る事のできる「無料の情報」というのは、基本的に不確実であり、それを取捨選択する事で「行動の参考」にはなる物の、「行動の指針」を作る為には力不足であり、かつ不確実です。
 それに対し、冒険者が扱うのは金銭ではなく、己の命のリスクですから、彼らが求める情報というのは可能な限り確実な物であり、かつ大量の情報が必要となります。

 こうして、命を懸けるに値するだけの「情報の質・量」を求める為には、結果的に「無料」ではすまない程の労力を要して収集する必要がある事になります。
 そう、そのレベルは、現代の企業間の極秘プロジェクトを盗むのにも匹敵する程の困難となるはずなのです。

 それを冒険者個人が行わないですむ様に、情報の収集と分析を行うのが「盗賊ギルド」の仕事の1つでもあります。
 この情報の収集、及び分析は時にはギルド構成員の命を脅かす程の危険を秘めていますから、構成員への報酬や、ギルドの存続のために必要な経費などを含め、「情報料」を取らざるを得ないのです。

 また、「情報料」というのは「情報の質」の1つのバロメーターともなります。
 必要な「情報料」の高い情報ほど、その収集・分析にかかった手間は大きいと考えられますから、必然的に「信頼に足る」物となりますし、金額が高ければ高いほど情報を購入する人数も少なくなりますから、「情報の独占」をしやすくなります。
 これは、「高額な情報ほど信頼に足り、有利さをもたらす」という商業の原則にも従った物であり、実にスマートなやり方といえるでしょう。

 このように、情報というのは非常に大きな要素なのです。
 うわさ話に終始せず、細かい情報の収集・分析をこなせる人物がいてこその「情報」であり、これをおざなりにすれば、待っているのは重大な「裏切り」か「失敗」でしょう。

 これを考えると、「高い情報はいらない」どころか、逆に「高い情報ほど必要である」という事になりますね。
 情報を買うお金を出し惜しみして、いらぬ危険に身を投じるような真似はしないようにしたいですね...

如月翔也

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57.ファンタジーの種別

 さて、TRPGの定番ジャンルと言えば、やはり「Fantasy(ファンタジー)」でしょう。
 しかし、このファンタジーという言葉、あるいはジャンルは非常に曖昧な物なんですね。
 そこで、今回はファンタジーについて、ちょっと詳しく考えてみましょう。

 最初に、Fantasyという言葉についてですが、これを直訳すると「空想」となります。
 つまり、辞書的な意味でいうファンタジーというのは、「人の頭の中で想像される物」という訳で、ちょっとしたフィクションのある物や、常人では到達できないレベルのノンフィクションなど、常人が「空想」するしかない様な物、全てをファンタジーと言う訳です。

 しかし、文学という枠の中では、ファンタジーは「話の展開の中に超自然の要素を含むもの」という形で定義されます。
 これにより、ホラーはともかく、SFやサイバーパンク、現代物はファンタジーではない、と言う事になります。

 これを見て分かる通り、TRPGでいう「ファンタジー」は、辞書的な意味ではなく、文学的な分類で言う所のファンタジーというジャンルである、と言う事なんですね。
 そうでないと、「ホラー」「ファンタジー」「現代物」とジャンルを分けた意味がなくなってしまいますから。

 さて、それでは文学のジャンルとしてのファンタジーに目を向けてみましょう。
 文学のジャンルにおけるファンタジーのジャンルとしては、エブリデイ・マジックエピック・ファンタジーの2つの種類に分かれます。

 エブリデイ・マジックというのは、普通の世界と不思議な世界の接点を描いたファンタジーです。
 「普通の世界に現れた不思議な存在」の話や、逆に「不思議な世界に足を踏み入れてしまった普通の人」の話などが、エブリデイ・マジックとして色々書かれています。

 エピック・ファンタジーというのはエブリデイ・マジックとは対照的に、「世界も人も不思議な世界」を描いたファンタジーです。
 エピックというのは「叙事詩的な」という意味で、エピック・ファンタジーとは「叙事詩的ファンタジー」という意味です。
 古代の叙事詩「ギルガメシュ」「イーリアス」「オデュッセイア」等を見ても分かるように、基本的には民族的な戦いや民族的な英雄について書かれた物を基本としており、ここから「ヒロイック・ファンタジー」等が派生しています。

 さて、ざっと概略を説明しましたが、ファンタジーという物は遙か昔から人間の想像力をかき立ててやまなかった物らしく、その歴史は遙か昔までさかのぼる事ができます。

 私たちがファンタジーTRPGをしている時に思い浮かべているような情景を、遙か昔の人も思い浮かべていたかも知れない、などと考えると、ちょっと感動的かも知れませんね...

如月翔也

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58.酒

 さて、世界中で最も一般的、かつ好まれている物と言えば、なにをさておきまずは「酒」でしょう。
 「酒」は人間が火を使う事を覚えたのとさほど変わらない時期から、長い間人間と共にあったと言われていますし、「酒」を作って飲むのは人間だけであり、だからこそ酒というのは人間の文明と大きな関わりがあると言われています。

 さて、中世ヨーロッパやファンタジーRPGの世界を見回すと、やはりというか、当然というか、「酒」というのは重要なファクターとして常に存在し続けている物です。
 特に、中世ヨーロッパやファンタジーRPGの世界では、「酒」は「水」代わりに飲まれており、まさに「最も身近な物」とされています。
 しかし、我々日本人には「水の代わりに酒を飲む」とか、「一日中アルコールを摂取している」という事が今ひとつわからないのではないでしょうか?

 そこで今回は、中世ヨーロッパでの事実を元に、ファンタジーRPGで何故「酒」が普通に飲まれているかを考えてみましょう。

 まず、歴史的・地理的に見ると、中世ヨーロッパでは「水」は飲めない物がほとんどであったという事実があります。
 これは、地中に流れている水の種類の問題によります。
 日本の伏流水の殆どは「軟水」という飲むに適した水なのですが、ヨーロッパでは「硬水」という飲むに適さない水が殆どでした。
 また、日本は降水量が多く、一年を通して水の供給がなされている「水の国」ですが、ヨーロッパは「飲める水」の相対量が少ない上に、降水量がまばらであり、水はいつでも手に入る物ではありませんでしたし、水は「腐る」為に長期の保存に適さなかったのです。
 その為、ヨーロッパの人々は「水」を飲む事はできず、その代わりに「大量に手に入る」果実を使って「腐らない」アルコールを作り、それを飲んだのです。

 また、「強い酒」を作る為には「蒸留」という技術が必要ですが、中世の技術力では「蒸留酒」というのは高級品であり、普通は「弱い酒」であるのが一般的であった為、多量に飲んでも「酔う」事がほとんどなかった為、一般的であったとも言います。

 このように、中世ヨーロッパでは「水は飲めない」為にアルコールを必要とし、また、「強いアルコールは少ない」為に「酔わない」為、一般的になった、という事がいえる訳です。
 と、言う事は、中世ヨーロッパの世界を舞台としたファンタジーTRPGでも同じ事がいえる、という事になります。

 それを考えると、レベルの低い冒険者が安酒場で酔っぱらって喧嘩をする、なんていうのはいかにもありそうに見えて、実際はほとんどありえない、という事になるんですね。

 酒を「命の水」と言う事もありますが、中世やファンタジー世界では「水代わり」という事は、まさに「命の水」なんですね...

如月翔也

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59.上手いマスタリング

 さて、TRPG経験も増え、色々なマスターとゲームを楽しむようになると、プレイヤーに上手い・下手があるのと同様に、マスターにも上手い・下手がある事に気づくのではないでしょうか。
 マスターというのはゲームの、いえ、TRPGの根幹を成す存在であり、どんなに素晴らしいシナリオでもマスターの力量次第では面白くなくなってしまいますし、逆にありきたりのシナリオでもマスターの力量があると非常に面白くなる、という事はよくある事です。

 そこで、今回は「プレイヤーから見た上手いマスタリング」について少し考えてみましょう。

 「マスタリング」というのは「マスターをする」という事であり、それはすなわち「シナリオを作る」所から始まって「プレイヤーをさばく」「キャラクターの行動を判定する」「物事の展開を決める」と言った、TRPGでの諸処の要素を全て含みます。
 ですから、「上手いマスタリング」というのは非常に大きな概念であり、これを個々に説明するとブ厚い本が1冊以上書けてしまうような内容になりますので、ざっとした説明だけをしてみましょう。

 プレイヤーから見ての「上手いマスタリング」というのは、簡単にまとめると以下のようになります。
 1.シナリオの内容、展開が面白く、しかも納得がいく物である事。
 2.キャラクターの行動を、納得できるように判定する事。
 3.プレイヤーの扱いを心得ている事。
 4.誘導や修正を「気付かれずに」行える事。

 つまり、フェアにゲームを展開しつつ、その上でプレイヤー/キャラクターをさばく事ができる、という事になります。
 これは、マスターが「完全に公正である」という事でもあります。

 シナリオ展開がマスターの独りよがりであった場合、プレイヤーは「知り得ない情報」に踊らされたり、あるいはマスターの1人芝居を見る事となってしまい、「プレイ」できません。
 特定のPCの判定だけが甘かったり、あるいは逆であるという事は「ゲーム」の根幹を危うくする事ですし、周囲や本人が面白くなくなってしまいます。
 また、プレイヤーの暴走や勘違いを上手くさばく事が出来ないと、結局は「ゲーム」ではなく「お祭り騒ぎ」だけのものとなってしまい、「TRPG」でなくなってしまうのです。
 そして、誘導や修正が明らかになると、プレイヤーが勘ぐったり、考える事をやめたりする原因となってしまい、ゲームから緊張感が無くなってしまうのです。

 つまり、「上手い」マスタリングというのは結局は「原則に忠実である」という事であり、その上で「そのマスターなりの特色」が上手く表現されている、という事なのです。
 これは、料理にも通じる物がありますね。上手い料理人というのは「調理の原則・基本」に忠実な上で、料理人ならではの特色を上乗せするのですから。

 そこから考えると、上手いマスタリングというのは、「よりよい材料(ネタ)」を、「原則・基本に忠実」に、かつ「オリジナリティ」を盛り込んで、1つの料理を作り上げる事と通じているのかも知れませんね。

 どうでしょう、貴方の周りには、そんな素敵なマスターはいないでしょうか?
 その人について、ちょっと学んでみると、とても良いマスタリングができるようになるかも知れませんよ...?

如月翔也

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60.盗賊ギルド

 ファンタジー系のTRPGではほぼ確実に存在する「盗賊ギルド」。
 しかし、この「盗賊ギルド」というのは、どのような物なのでしょうか?
 今回は、それについてちょっと考えてみましょう。

 まず、ギルドという物の存在について考えましょう。
 ギルドというのは中世の「同業組合」を指す言葉です。
 中世のギルドは同じ職種の者が集まって、職種全体の利益を守り、同時に職種全体の技術を向上させる為に作られた団体であり、徒弟制度とはまた異なる規律によって作られた集団でした。

 例えば刀鍛冶の師匠についている弟子は、まず師匠に技を教えて貰った後、自分の作った刀をギルドに提出して「ギルドに加盟できるか否か」を査定して貰います。
 この結果、「ギルドに加盟できない」とされた者は独立開業を許されず、師匠の元で修行を続ける事になります。
 「ギルドへの加盟を許す」とされた者は晴れて組合公認の技術者として独立開業を行う事ができる訳です。
 この「ギルド公認」というのは「まともな物が作れる」という証であり、例え公認されていない物が独立開業しようとも、技術が保証されない店では誰も物を買わなかったともいいます。

 さて、このような意味での「同業組合」ですから、盗賊ギルドでは「盗賊」としての技術を育成し、同時に盗賊全体の利益を守る事を目的としている訳です。

 しかし、盗賊行為はあくまで犯罪行為であり、本来的には認められる物ではありませんし、技術が無くても盗賊行為は行えます。
 それでは、何故、盗賊ギルドは存在するのでしょうか。あるいは、ギルドに入る理由などあるのでしょうか?

 実は、盗賊ギルドというのは権力構造と密接な関係があるのです。
 権力者は盗賊から自分の財産を守る為にギルドに保証料を払います。
 保証料を取ったギルドは、ギルドに所属する盗賊に対し、「権力者への盗賊行為」を禁止します。
 これによって権力者は盗賊からの被害を食い止める事ができる訳です。

 しかし、ギルドに所属しない盗賊は、保証料を払った権力者に対して盗賊行為を働く可能性があります。
 そこで、ギルドはギルドに加入しない盗賊を制裁(大概は死を持って制裁とします)する事により、盗賊のギルドへの加入を勧めると同時に、権力者に対して盗賊ギルドの存在の必要性をアピールします。

 権力者としては盗賊ギルドを解体する事によって盗賊からの被害を増やすよりも、盗賊ギルドの存在を(暗に)認める事で自分の財産を保証しようとするのです。

 このような経緯により、ほぼ全ての盗賊は(命が惜しいですから)盗賊ギルドに加入しますし、権力者も(財産が惜しいですから)盗賊ギルドの存在を容認します。
 こうして、盗賊ギルドは社会の暗部を一身においながらも、確実にその存在を堅持し続ける訳です。

 非常にキタナい、大人の話ではありますが、その分現実の世界と通じるリアリティもありますね。

 このように、盗賊ギルドは実に恐ろしい存在です。
 貴方のキャラクターも、「盗賊の利益に反する」という理由で盗賊ギルドに狙われないよう、気をつけたい物ですね。
 もし、貴方のキャラクターが英雄と呼ばれるキャラクターであれば、あえて社会の暗部に正対するのも英雄らしい一つの行動かも知れません...しかし、背後には常に気をつける必要がありそうですね。

如月翔也

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