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【Column】:TRPGよもやま話 61-70
 このページはTRPGに関する事を色々考え、
 もっとTRPGを楽しむ為の方法を考える、
ごった煮考察ページです。

コラム・目次
61.公と個
62.確率計算を持ち込む事
63.休憩時間を取りましょう
64.小物を使う
65.ルールのカスタマイズについて
66.セッション前に...
67.ネタを取る
68.マスターの楽しみ
69.自分流のマスタリング
70.冒険の報酬

61.公と個

 人間という生き物は、実に様々な物からできています。

 例えば喜怒哀楽という感情のバランス、理論と感情のバランス、生きてきた中で培った経験、あるいは忘れられない想い出。
 そんな色々な物が一つになったのが、「その人」という存在です。
 その色々な物というのが「その人」が「その人」である唯一の理由であり、「その人」を「その人」らしい「その人」として個別化してくれるのです。

 さて、そんな色々な物の集合体である人間ですが、その人をその人らしくしている要素の一つに、「公と個のバランス」というものがあります。
 今回は、「キャラクターを表現する為の手法」の一つとして、「公と個のバランス」について考えてみましょう。

 人間というのは、簡単に考えると2つの自分を持っています。
 一つは仕事や社会の中での役割を通して、「社会的存在」として認められる公の自分
 もう一つは自分だけが知っている、内面の葛藤や剥き出しの感情を持った「非・社会的存在」としての私の自分です。

 例えば、友達と話していて気に触る事があったとしましょう。
 最初に、貴方は「コイツ、ブン殴ってやろうか」と思います。
 しかし、同時に貴方は「友達を殴るのはマズイ。ここは注意するだけで済ませよう」と考えます。
 この場合、最初に「殴る」と思ったのが「私の自分(あるいは本当の自分)」で、「友達を殴るのはマズイ」と思ったのが「公の自分(あるいは友達としての自分)」になります。

 この例えで分かる様に、人間には「本当の自分」と「〜としての自分」の2つの自分を持っていますし、持っていなくてはならないのです。

 さて、この命題自体は非常に良い論考の対象となり得る物だと思うのですが、BAD TRIPでは関係ないので「そういうものである」にとどめておきましょう。

 さて、これをファンタジーTRPGのキャラクターに置き換えてみましょうか。

 戦士アレフというキャラクターがいるとしましょう。
 彼が人間として存在する為には、絶対に「本当のアレフ」と「戦士としてのアレフ」の2つの自分を持っていなければなりません。
 例えば、アレフは「犬が恐い」という設定だったとしましょう。そんな彼が「猛犬」というモンスターと出会い、彼を含むパーティと戦闘が始まってしまいました。
 その時、アレフの中の2人のアレフはこの様に考えているはずです。

 本当のアレフ:「犬は恐い!頼む、誰か、何とかしてくれ!」
 戦士・アレフ:「モンスターと戦うのは戦士の仕事だ、ここは俺が前に出ないでどうする!」

 この時、アレフが「犬が恐いアレフ」だけの存在であり、「助けてくれぇ!」と逃げ回るでしょうか?
 あるいは、彼はただの「戦士であるアレフ」であり、「俺に任せろ!」と叫び、恐れずに戦うでしょうか?

 普通に考えれば、「恐れながらも前線に出る」という所でしょう。
 これが、「公と個」のバランスの基本なのです。

 当然、アレフも人間ですから、気合いだけで「戦士・アレフ」になる事もできるでしょうし、あるいは恐怖心に負けて「本当のアレフ」として戦闘から逃げ出す事もあるでしょう。
 しかし、それはあくまで「まれに、そう言う事も許される」範囲でしかないのです。
 「公」だけの人間は存在できませんし、「私」だけの人間は社会に適応できないのですから。

 そう、現実世界の人間と同じく、TRPGのキャラクターも「リアルな公と個」を持っていてしかるべき存在なのです。
 TRPGを長くプレイしていくと、どうしてもこの「公と個」のバランスが偏りがちになってしまいます。
 しかし、この「公と個」を上手く使う事で、どんなシステムであろうとも「バランスの良いキャラクタープレイ・ロールプレイ」が出来る様になるはずです。

 貴方も一度、貴方のキャラクターの「本当の自分」と「〜としての自分」を考えてみませんか?
 きっと、そのキャラクターが、今にも目の前に現れそうなリアルさを感じ取る事ができると思いますよ..?

如月翔也

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62.確率計算を持ち込む事

 TRPGは「物語」の遊びであると同時に、厳然たる「確率」の支配するゲームでもあります。

 例えば、貴方のキャラクターはゴブリンを切り倒す事が可能かも知れません。
 それを判定する為に、貴方はダイスを振ります...その行動は、2D6で5以上を出せれば成功です。
 これはすなわち、「貴方のキャラクターは36分の33、97%の確率でゴブリンを切り倒す事ができる」という事に他なりません。

 さて、TRPGの「上手なプレイ」の手本の一つとして、「キャラクターが知っている事とプレイヤーが知っている事を分けて考える事ができる」という物があります。
 例えば、貴方のキャラクターがヴァンパイアと出会った時、貴方は「ヴァンパイアは通常武器が無効で、呪文も使ってくる、強力なアンデッドだ」という事を知っていたとしても、キャラクターが「知っているかどうか」の判定に失敗した場合、それを知らない物としてキャラクターに行動させる、という事です。

 それでは、「確率計算」はどうなのでしょうか?
 我々が現実世界を律する法則を解明できないように、キャラクターは「世界」を支配する「確率」という物を知らないはずです。
 そこから考えると、「確率計算」という物を持ち込むのは、「上手なプレイ」ではないと思えます。
 しかし、実は、それは違うのです。

 私達が経験に基づいて「これは簡単だな」などと考えるように、キャラクターも経験に基づいて判断を行っているはずです。
 しかし、我々はキャラクターと同一ではなく、「キャラクターの」経験に基づいて判断する事はできません。
 ですが、その代わりにマスターに「この行動の場合、目標値はいくつになるの?」と聞く事ができるのです。
 そして、マスターはキャラクターの能力や経験を考えながら、「それは教えられない」とか、「その場合、2D6で5以上で成功だな」と答えてくれるはずです。

 この場合、「それは教えられない」というのは、キャラクターが経験した事のない、あるいは判断の根拠になる程の経験を持たない行動であるとマスターが判断したからでしょう。
 ですから、この場合、キャラクターは「経験がなさ過ぎて、判断に苦しんでいる」という事なのです。

 あるいは、「その場合、2D6で5以上で成功だな」と教えてくれた場合は、キャラクターの経験から言っても、世界法則から言っても「2D6で5以上で成功」という確信があるのです。
 ですから、その場合、キャラクターは「楽勝だな」と呟きながら行動する事ができますし、あるいは「これには自信があるんだ、任せてくれ」と言う事もできます。

 確率計算自体は純粋な数学であり、「物語ゲーム」としてのTRPGを好む人には忌避されがちな要素でもあります。
 しかし、それを上手に使う事により、ゲームとして有利な行動を取る事ができますし、「確率」という意味で、キャラクターの得手/不得手を知る事もできるのです。

 TRPGには色々な側面がありますが、「確率」という支配の法則を軽視すると、ゲームとして辛くなるばかりか、キャラクターへの相互理解も低いレベルで収まってしまいます。

 せっかくのキャラクターですから、「確率」を使う事で、理解すると同時に物事を有利にしてあげたい物ですね...

如月翔也

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63.休憩時間を取りましょう

 さて、TRPGと言えば、結構時間がかかる遊びです。
 少人数でプレイしても、大体は3〜4時間、プレイヤーが5〜6人にもなると、7〜8時間程のプレイになる事も少なくはないのではないでしょうか?

 学生にせよ、社会人にせよ、時間というのはとても大事な物ですし、好きなTRPGを少しでも長く楽しむ為に、長時間に渡って延々とプレイしている人も少なくはないと思います。

 その気持ちはとてもよく分かりますし、私もそのタイプのプレイヤーでありマスターでもあるのですが、ここでは「プレイ中に休憩時間を取る」という事をお勧めしたいと思います。

 TRPGというのは、とても頭を使う遊びです。
 マスターの説明を聞き、その情景を思い浮かべ、自分のキャラクターをそこに置き、「自分のキャラクターだったらどうするか」を考え、その行動についてマスターに聞き...他のどの遊びよりも、TRPGという遊びは頭を使う物です。
 そして、身体を酷使するのには限界があるのと同様に、頭を使い続けるのにも限界という物はあるものなのです。

 実際にしていると良くある事ですが、長いシナリオを休み無くプレイしていると、序盤は機転の効いたプレイヤーが、終盤では間抜けな発想をしてしまったり、あるいは普通であれば気づく事を見落としてしまったり、という事が起きます。
 これは、頭を使い続ける事によって、集中力が低下し、思考能力が低下しているという事なのです。
 こうなってしまうと、ゲームはパワー・ゲームに突入してしまうか、あるいはどこかで詰まってしまって延々と考え続けなければならなくなってしまいますよね。

 しかし、これはプレイヤー/マスター共に望む所ではないと思います。

 それを解決するには、実は「プレイ中に休憩時間を入れる」事がとても大事なのです。
 TRPGという一つの物事に集中していた頭を、休憩時間中に解放する、あるいは違うところに注意を分散させる事で、休憩後にはTRPGに対する集中力、あるいは思考力が復活するのです。

 TRPGは勉強とは違いますが、「頭を使う」と言う事に関しては大差ありません。
 大概、「勉強」というのは2時間も続けると集中力が薄れてしまい、効率が悪くなってしまいますよね?
 ですから、普通、勉強をする時には1〜2時間おきに10分ほどの休憩時間を挟むのです。

 それと同じく、TRPGをしている時にも、1〜2時間おきに休憩を入れてみて下さい
 そうすると、休憩後には低下していた集中力、思考力が驚く程回復していますよ。

 確かに休憩時間は無駄に思えるかも知れませんが、それを用いる事で、逆に良い流れでTRPGを進める事ができるようになりますし、プレイしていてストレスの少ない環境を作る事ができます。

 白熱したプレイの合間にちょっと一休み、というのも、優雅なTRPGの楽しみ方の一つなのではないでしょうか...?

如月翔也

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64.小物を使う

 TRPGは、ダイスと筆記用具、そして想像力だけで楽しむ事のできるゲームです。
 GMのテクニックやプレイヤー相互のノリがあれば、それだけで十分に楽しいセッションを行う事ができます。

 しかし、口頭だけでは説明しづらい/理解しづらい事や、直観的に判断しづらい事があるのも、また事実です。

 そこで、今回のコラムでは、「TRPGに小物を使う」事を考えてみましょう!

 例えば、シティー・アドベンチャーをする時、普通であればプレイヤーが「XXはどこにあるの?」と尋ね、それに対してGMが「XXは北の方、スラムの近くだね」等と答え、それをプレイヤーがメモする、という段取りを繰り返す事になります。
 しかし、これではGMの負担も重くなってしまいますし、プレイヤーも「何度も尋ねるのはなぁ...」等と、GMに尋ねる事を遠慮してしまいがちです。

 そこで、町の概略図、あるいは地図を作り、普通に使いそうな物(スラム・教会・商店街・ギルドの位置)を書き込んだマップを用意してみると、見違える程にプレイがスムーズになり、GM、プレイヤーの負担が軽くなります
 また、「地図」という形を提示する事により、町を想像しやすくなると同時に町の概略がわかりやすくなり、更に臨場感も高まります。

 この例のように、事前になにがしかの準備を行い、それを(メインではなく)小物として使う事で、
・データの管理が楽になる
・臨場感が高まる
・物事がわかりやすくなる
 という利点があるのです。
 当然、これは地図だけではなく、カードやメモ帳、クリップボードやノートパソコンでも同様の事です。

 事前の準備が大変であったり、使い切りの物になってしまったり、上手に使うのが難しいという問題はありますが、小物を上手に使いこなしたセッションはわかりやすく、臨場感があり、大変楽しい物である事は請け合いです。

 小物の使い方をマスターして、「わかりやすい」TRPGの楽しみ方を目指す、というのも、また粋な遊び方かも知れませんね...?

如月翔也

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65.ルールのカスタマイズについて

 TRPGという物は、1つのシステムがあれば、結構な長期に渡って楽しむ事ができる物です。
 特に気に入っているシステムがあると、人によっては5年以上も1つのシステムを使い続ける事も稀ではないようです。

 しかし、システムという物は絶対に完全な物ではあり得ませんから、1つのシステムをやり込むと必ずと言っていい程「気に入らないルール」や「不完全だと思うルール」、「足りないルール」や「矛盾したルール」という物が出てきます。

 ある程度そのシステムをやり込み、その中で自分なりの「システムへの理解」・「世界観の理解」、そして「このシステムの楽しませ方」を養う事ができた人は、自分で不満に思う部分をカスタマイズする事ができる様になっているはずです。
 そして、1つのTRPGシステムはその人なりのカスタマイズを施され、「〜用」というマイナーバージョンへと変わって行きます。

 このレベルになると、「他人に理解される/されない」「面白い/面白くない」というポイントに関わらず、既にそのシステムはその人の一部になっていますから、ルールをカスタマイズする事自体にはなんら問題はありません。
 (発表する事に関しては著作権が関連してくる為、問題はありますが)

 しかし、そのレベルに到達していない場合、特にシステムに対する不満がない場合、ルールのカスタマイズは行うべきではありません

 本来、TRPGのルールというのは「システムによって提供される世界の法則」を実際にプレイできるレベルまで簡略化した物であり、その為にある程度の矛盾や不足があって当然の物なのです。
 その中で、ルール(あるいはシステム)作成者は様々なルールからルールを取捨選択し、「自分の表現したい世界」を表現する為のルール大系を作り上げていきます。
 つまり、世界を表現するシステムを作り上げる一要素がルールであり、ルールに手を加える事は「システムによって表現される世界」自体に手を加える事に他ならないのです。
 そして、「システムによって表現される世界」に手を加えてしまった物は、「そのシステム」としては間違った物なのです。

 また、現実問題として、やり込んでいないシステムのルールをカスタマイズすると、「プレイアビリティを損なう」か「バランスが悪い」物になるのが大半である、という点も問題になります。

 この様な事態を避ける為には、まずカスタマイズする前のシステムを十分に理解しなければなりません。
 システム全体の雰囲気、世界とルールの関連、確率の分布、プレイのテンポ、そしてバランスについて、知識だけではなく感覚としても把握しなければ、ブレイアビリティを損なわず、バランスを崩さないカスタマイズはできない(できたとしても、非常に難しい)のです。

 ですから、ルールをカスタマイズする為には並大抵の物ではない程の努力が必要となってしまい、結局、ルールのカスタマイズは「やり込んだ人」の専売特許となってしまうのです。

 1つのシステムを極め、ルールのカスタマイズを問題なく行えるほどにやり込む、というのも求道者の様で素敵な事ですし、そこまでやり込まれるシステムも、幸せかも知れませんね...?

如月翔也

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66.セッション前に...

 TRPGと一言に言っても、ファンタジーやホラー、SFにサイバーパンクと、色々な種類があります。
 そして、それだけではなく、同じタイトルのTRPGであっても、メンバーやセッションによって、小さな違いというものがあります。
 そして、その「小さな違い」というのは、実はTRPGを楽しむに当たっては大きな要素となり得る物なのです。
 今回は、その「小さな違い」の一つ、セッションのタイプの問題について考えてみましょう。

 TRPGの楽しみ方というのは様々にあり、まさにプレイヤーごと、ゲームマスターごとに「楽しみ方」「楽しませ方」というのが存在します。
 とある人はまるで映画のようなストーリー展開と熱いセリフの応酬を楽しんでいますし、とある人は緻密な戦略による「ゲーム」としての楽しみを追求します。
 あるいはセッション中にいかに「上手い!」と思われるような行動を取るかに心血を注ぐ人もいますし、セッションを爆笑の渦に巻き込む事を得意とする人もいるでしょう。
 それらのプレイヤー、ゲームマスターが集まって作り上げられるのが「セッション」なのですが、時にプレイヤー/ゲームマスターの望むスタンスの食い違いから、セッションが大きくバランスを崩してしまう事があるのです。

 例えば、ストーリーを進ませ、その中でキャラクターを立たせるというスタンスを取る人と、最初から作ってある設定に従い、それを実現する事を信条とする人が同じセッションに入った場合、大概はストーリー主導型のプレイヤーとキャラクター主導型のプレイヤーの間にはそれなりの齟齬が生まれてきます
 ストーリー主導型のプレイヤーから見るとキャラクター主導型のプレイヤーは「シナリオの進行を邪魔するプレイヤー」に過ぎませんし、逆から見ればストーリー主導型のプレイヤーは「キャラクターの立たない演技不足のプレイヤー」に見えてしまう為です。
 これは、プレイヤー/ゲームマスターの間で「セッションのスタイル」が確定していない場合、特によく見られる状況といえます。

 この様な状況の中で、自分のスタンスと相手のスタンスを融合する形で、一つの「セッションのバランス」が作り上げられていくのが普通ですし、TRPGをプレイする人にはそれを上手くこなす事が当然の事として求められ、しかもそれ程難しい事ではないですから、この問題が表面化する事はそれ程多くはないと思われます。

 しかし、プレイの中で主導権を握るプレイヤーが2人以上いた場合や、主導権を握るプレイヤーが明確ではない状態の場合、あるいはマスターの求めるスタンスとプレイヤーの求めるスタンスが違った場合、互いのプレイヤーがスタンスの融合を行わず、結果としてセッションが崩壊してしまう事があります。

 せっかくのセッションですし、TRPGは長い時間を使って楽しむ物ですから、セッションが崩壊するのは全てのプレイヤーとゲームマスターにとって大きな損害ですから、このような事はなるべく起きない様にするに越した事はありません。

 そこで、ここではその問題への対応方法として、「セッション前にセッションのスタイルを話し合っておく」事をお勧めします。

 要するにプレイ前に、ゲームマスターを加えた上で、「今回のセッションはどんな感じのセッションにする」と決めてしまい、その中でプレイヤーの役割分担を行うのです。
 例えば、マスターが「今回のセッションはちょっと暗めのファンタジーで行こうと思います」と宣言し、それに対してプレイヤーが「キャラクタープレイの介入の余地はあるかな?」とか「ギャグ系のキャラクターは入ってもいいかな?」と尋ね、それに対してマスターが答えを返したり、許可を出したりするのです。
 これによって、少なくともマスターが宣言した雰囲気に近いセッションを行う事ができる様になりますし、プレイの方針(例えばデータ優先、キャラクタープレイ優先など)も決まってきますから、マスター/プレイヤーの間でスタンスの食い違いは発生しづらくなるはずです。

 この方法ではセッション前に少々の時間を必要としますから、せっかちな人には不満に思えるかも知れませんが、プレイ中にマスター/プレイヤー間でプレイに関係ない論議を行う必要が無くなりますし、なによりも途中で喧嘩になる事が少なくなりますから、実際のプレイ時間はむしろ長くなるはずですし、バランス取りに要する手間が省ける分、プレイの密度は濃くなるはずです。

 TRPGは結局コミュニケーションのゲームですから、人と人の食い違いによる問題は絶対に付いて回る問題ですから、それに対してちょっとでも対策を立てておくと、より快適に楽しいプレイが楽しめるのではないでしょうか。

 さて、今回はちょっとした提案でしたが、プレイ前にスタンスを確立しておくというのも、また一つのTRPGの楽しみなのではないでしょうか?
 事前に話し合いを持つ事で、きっと更に面白いプレイができる様になると思いますよ...?

如月翔也

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67.ネタを取る

 TRPGは想像力と創造力のゲームです。
 GMは自分の想像力と創造力を駆使して、それこそ無限にも近いバリエーションを持ったシナリオを作成する事が出来ますし、そのセッションに参加したプレイヤー達によって、更に無限に近いバリエーションを持ったセッションを行う事ができます。
 初期投資はやや高めにつきますが、それから無限に楽しみが広がる訳ですから、TRPGというのは「1回のセッション」についてのコストパフォーマンスは最高の遊びなんですね。

 TRPGにはGMという存在が必要不可欠です。GMはシナリオを作り、セッションを進行するという重要な役目を背負っているからです。
 セッションの進行に関しては、それほど気負う必要のない物ですし、経験によって自然と身に付く類の物ですから、あまり心配はいりませんし、何度もセッションを行う内に負担であるとは思わなくなるはずです。

 しかし、GMにはもう一つ、大事な役割があります。それは、シナリオを作る事です。
 これは、セッションの進行とは違い、「いつも違う物を求められる」事や、「セッション前にしておかねばならない」という類の物ですから、初心者GMでもベテランGMでも、ここで詰まってしまう事は少なくないはずです。

 そこで今回は、シナリオを作る時のテクニックとして、「ネタを取る」という事について、考えてみようと思います。

 まずは「ネタを取る」という事に関してですが、これは簡単な事です。
 自分の知っている「何か」から、シナリオの一部分となる部分を「パクる」事を差します。
 例えば、映画に出てくる格好良いキャラクターを名前だけ変えてNPCとして登場させたり、なぞなぞブックからちょっとした謎かけを流用したり、好きな小説の話の流れを流用したりする事を、「ネタを取る」と言います。
 この「ネタを取る」事により、シナリオの最初の部分(何をする/させるシナリオなのか)を確定する事ができますからシナリオ作りがグッと楽になるんですね。
 ですから、シナリオのネタに困った時や、いつもと違うシナリオをしてみたい時などには「ネタを取る」という事は効果的な方法なのです。

 しかし、実際に「ネタを取った」場合、セッション時に困った事になる事があります。
 プレイヤーが「元ネタ」を知っていて、それに気づいた場合、気づいたプレイヤーはシナリオの先読みをするようになってしまいますし、そこで「知らないプレイヤー」と「知っているプレイヤー」に格差が生まれてしまいます。
 また、大きなどんでん返しを用意していて、それに気づかれてしまった場合、セッション自体が白けてしまいます。
 さらに問題なのは、元ネタの「解釈」がGMとプレイヤー間で異なっていた時、セッションがガタガタになってしまう可能性もあるのです。

 ですから、「ネタを取る」というのは、シナリオ作成を楽にできる反面、セッションを崩壊させてしまう危険性を秘めた方法だと言えます。

 そこで、「ネタを取る」際に、いくつか気をつける事が必要となります。

 1つ目は、「取ったネタ」をそのままで出さない、という事です。
若干でもいいですから、元ネタとは明らかに違う物を追加して、その追加された物に合う様に手を加えて下さい。これで、元ネタがばれた時でも展開に支障をきたす事は少なくなるはずです。

 2つ目は、なるべく違うジャンルの物からネタを取るという事です。
 例えばSF小説からネタを取って、それをファンタジーTRPGのシナリオに流用する、などです。こうする事で、元ネタがばれづらくなります。

 3つ目は、「ネタ取り」はあくまでシナリオのとっかかりを作るだけに留めるという事です。
 NPCならNPCだけ、ストーリーボードであればそれだけを流用し、後は自分で作り上げていく事が大事です。こうしないと、明らかに「自分らしくない」シナリオになってしまい、違和感が生まれてしまうんですね。

 この3点に注意してシナリオの「ネタを取る」と、実に簡単に「自分らしいシナリオ」ができあがるはずです。
 GMというのは技術でもありますが、一種の芸術でもあり、「らしさ」という物も求められる部分が大きいですから、そこに注意してシナリオを作ると、いいシナリオになると思います。

 さて、今回はGM限定の話題でしたが、実は、これを応用するとPCの個性づくりにも使える方法なんですね。
 他人の作った「ネタ」と自分らしさの融合、というのも、一つのTRPGの遊び方なのではないでしょうか。
 たまには「ネタを取る」事にチャレンジしてみるのも、TRPGに飽きない一つのコツになるかも知れませんよ...?

如月翔也

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68.マスターの楽しみ

 TRPGに必要なもの。
 それはダイスだったり筆記用具だったりキャラクターシートだったりもしますが、一番必要なものと言えば「プレイヤー」と「ゲームマスター」に他ならないでしょう。
 それのないTRPGなんて、(ほぼ)ありえませんから。

 しかし、TRPGでは「プレイヤー人口」と「マスター人口」では明らかにプレイヤー人口の方が多いのです。
 TRPGではプレイヤーを集めるのにも苦労しますが、GMを集めるのにはもっと苦労するというのが一般的なのではないでしょうか。

 さて、そんなゲームマスターですが、今回はゲームマスターがどんなに楽しい事なのか、それに挑戦するには、といった事を考えてみましょう。

 さて、マスターの仕事と言えば、主に「シナリオを作る」事と「セッションを行う」の2つだけです。
 しかし、「シナリオを考えなければならない」とか「様々なプレイヤーの宣言を解決しなくてはいけない」、あるいは「NPCを演じなくてはいけない」「1人で大勢のキャラクターを管理しなくてはいけない」という事から、GMは忌避されがちなんですね。

 ですが、ここではその意見に対して、あえて反論をしてしまいましょう。

 「シナリオどころか、物語全体をデザインし、発表できるのはGMだけです
 「プレイヤーの行動を判断し、許可や却下ができるのはGMだけです
 そして、「NPCという”完全なキャラクター”を、しかも複数扱う事が許されるのはGMだけなのです

 とだけ書いても、あまり説得力はありませんね。
 それでは、簡単に例を挙げてみましょう。

 例えば、貴方は「剣と魔法のファンタジーの世界で、姫と盗賊のラブロマンスをやりたい」と思ったとしましょう。
 もし、貴方がプレイヤーであれば、余程の幸運がない限り、そんなシナリオは楽しめません。
 ですが、貴方がGMであれば、「姫と盗賊のラブロマンス」をモチーフとしたシナリオを作る事ができます。もちろん、キャラクターが関与できる形でのシナリオで、ですが。
 そして、プレイヤーの中に貴方と違うファンタジー観を持った人がいたとしても、貴方がGMであれば、「これが俺のスタイルだから」と言う事で「貴方のファンタジー観でのゲーム」を行う事ができます。無論、相手にあわせる事は大事な事ですが。
 そして、貴方はNPCとして「姫」を好きなタイプに設定できますし、「盗賊」も好きなように設定して、演出する事ができます。もちろん、彼らはあくまでNPCであり、主人公になってはいけないんですが。

 この様に、マスターというのはいくつかの制限がある物の、「TRPGに置いては最も自由に表現をする事が許される」のです。
 プレイヤーとしては不可能に近い「状況の演出」や「話の流れの誘導」、あるいは「全ての情報を自分だけが知っているという状況」までも楽しむ事が可能なのです。
 これは、実際にプレイするために必要な手間や、プレイ中に必要とされる数々の出来事の分を差し引いても、絶対的に素晴らしく、面白い事なんですね。

 もちろん、TRPGではゲームマスターは神ではありませんし、絶対的な存在ではありえないのですが、それでもGMにだけ許される事というのは数多く存在しますし、その中にはGMならではの楽しみというのも数多くあるのです。

 どうでしょう、プレイヤーばかりやっている方も、一度思い切ってGMをやってみてはいかがでしょうか?
 きっと、「GM中毒」になる人の気分が少しは分かってくると思いますよ...?

如月翔也

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69.自分流のマスタリング

 TRPGがとても楽しい物であるとされている理由の一つに、「面白い物を何でも組み込む事ができる」という、自由度の高さがあげられると思います。
 例えば、「戦略シミュレーション」が好きな人であれば、セッションの中に「戦略シミュレーション」的な要素を組み込んでもいいのですし、「音楽にこだわる」人であればセッション中のBGMに凝ってみるのも良い手段です。

 さて、話は変わりますが、TRPGのプレイヤーには個性があって然るべきですよね?
 それでは、「ゲームの判断者・裁定者」であるゲームマスターには、個性は必要なのでしょうか?

 実は、ゲームマスターにも個性は必要なのです。
 TRPGはメンツの遊びでもありますから、セッションの参加者によってゲームの内容・質が変わるのは当然の事です。それは、プレイヤーだけの話ではありません。マスターの話でもあるのです。

 もし、ゲームマスターに個性を認めないのであれば、それはコンピューターを相手にしているのにも等しく、TRPGの「会話・コミュニケーションによって行うゲームである」という前提を覆してしまう事になるからです。
 それでは、ゲームマスターはどうやって個性を出せばいいのでしょうか?

 それは、その人らしいマスタリングによって個性を演出するべきなのです。

 とはいえ、「GMの人間関係をゲームに持ち込む」だとか、「NPCの性格をGMの性格のコピーにする」と言った、問題のある個性の演出ではいけません。
 それでは、どうやれば問題なく、個性を演出できるのでしょうか?

 ここで、一番最初の文章の話に戻ります。
 それは、TRPGの自由度の高さを生かし、マスター個々が「好きな物」や「得意とする物」をTRPGにどんどんと取り入れて行けば良いのです。
 当然、自分の得意な物だけでTRPGを構成する事はできませんから、「シナリオ」や「キャラクター」、「世界観」や「ルール」とバランスを取った上で、隠し味として「個性」を取り入れなければならないのですが、人間、自分の好きな物や得意な物に関しては結構簡単にバランスを取る事ができますから、あまり心配はいらないと思います。

 そして、「得意な物」や「好きな物」を取り入れる事で、マスターをする事が義務ではなく権利になって行きますし、色々な物を取り入れたりバランスを取ったりする事で、マンネリ化を防ぐ事もできるのです。

 この作業を繰り返す事によって、マスターは「自分らしいマスタリング」という物を培う事ができますし、人間の興味は移り変わりする物ですから「常に新しい要素を取り入れたセッション」を作り上げる事ができます。これは、マスターとしてもプレイヤーとしても、実に良い事であり、TRPGに飽きる事無く、TRPGを長く楽しむ為にはとても良い方法なんですね。

 この様にして「自分流のマスタリング」という物を作り上げていくのもTRPGならではの楽しみですし、TRPG以外の趣味がTRPGに活用でき、リンクできるというのはとても楽しい事です。
 なにせ、TRPG以外の趣味に没頭していても、TRPGのマスター技術は上昇していくのですから、マスターの技術向上という「TRPGの命題」も、意識する事すらなく達成できてしまうのではないでしょうか?
 やはり趣味はあくまで趣味ですから、必要以上の努力はしたくないでしょう。でも、これならば簡単にこなせそうに思えませんか?

 マスターをする時、隠し味に「自分テイスト」を入れるのも、また楽しくてお洒落な事だと思いますよ..?

如月翔也

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70.冒険の報酬

 セッションが「成功だ」と言えるレベルで無事に終了し、PC達は「報酬」となる金銭やアイテムを得て、そして「経験点」を得る瞬間。
 これは、マスターにとってもプレイヤーにとっても胸をなで下ろして安心できる、数少ないシーンの一つでしょう。

 しかし、こんな安心できるシーンでも、TRPGを「面白くなくする」要素が隠れているのです。
 今回はその点について考えてみましょう。

 TRPGの代表的な(不可欠ではありませんが)面白さの一つとして、「キャラクターが(心情的/データ的に)成長する」という楽しみがあります。
 物語的に見ても「主人公」はストーリーを通してなにがしかの成長を見せる物ですし、ゲーム的に見ても「主人公」がパワーアップするというのは良くある(かつ面白い)事ですから、キャラクターの成長を楽しむ事自体には何の問題もありません。

 しかし、成長というのは「報酬」であり、「報酬」というのはなにがしかの代償を払わねば手に入る物ではありませんし、そうやって手に入れた物でない限り、「楽しむ」事は出来ないものなのです。

 基本的に経験点やアイテムや金銭という報酬はGMが決定し、与える物です。
 従って、プレイヤーが同じ様に熱心に楽しみ、同じ様に賢明なアイディアを数多く実行したとしても、その時のGMによって与えられる報酬は異なってくるのです。

 実は、これが「TRPGを面白くなくする要素」なのです。

 簡単に多量の報酬を与えてくれるGMの元ではキャラクターはどんどんと成長し、あっと言う間にシステムのフォローできる範囲のレベルを超えてしまいます。
 これでは、システムを楽しむ事や、一つの技能・呪文をどのように使いこなすかという事に頭を捻らせる楽しみが無くなってしまい、すぐにシステムに飽きてしまい、それを繰り返す内にTRPGに対して「飽き」を感じてしまう事になってしまうのです。
 更に、プレイヤーが1つのキャラクターを使いこなすという頭の使い方をしなくなってしまう為、キャラクターへの理解度も低くなりがちで、結果として「TRPG」らしくないゲームになってしまう事が多々あるのです。

 逆に、いくらプレイヤーやPCが頑張っても極少量の報酬しか与えてくれないGMの元ではキャラクターはいつまでたっても成長せず、いつまでたってもシステムの一部しかプレイできない状態になってしまいます。
 また、キャラクターがいつまで立っても広がりを持たなくなってしまいますから、どうしても行動や作戦も「一番得意で、有効な物」というマンネリになりがちですし、新しい技能や呪文を得てそれを使いこなすという楽しみがありませんから、やはりすぐに飽きがきはじめてしまうのです。
 更に、プレイヤーがキャラクターの「今できる事」に執着しがちになってしまいますから、冒険と言うよりもせせこましい「裏家業」という雰囲気が拭えなくなってしまい、結果として「冒険」らしくないゲームとなってしまうのです。

 このように、冒険によって与えられる「報酬」のいかんによって、TRPGは楽しい物にも楽しくない物にも変化して行ってしまうのです。

 TRPGが「面白くない」方向に変化していく事を防ぐには、基本的にGMは「報酬」に対して1つの事を留意すれば、それで問題はありません。
 それは、「報酬」は多すぎず、少なすぎない事です。

 プレイヤーやPCが「今のキャラクターに可能な事」を吟味して、それを味わい尽くした所で次の段階へと成長できるようなペースでの「報酬」の与え方ができれば、プレイヤーもGMも長く、しかも十分に楽しめるはずです。
 そして、それはTRPGを「飽きない」為のテクニックでもあり、また「飽きさせない」為のテクニックでもありますから、今のTRPG状況においても意味のあるテクニックなのではないでしょうか?

 報酬は多ければ多い程良い、というのは現実の世界での常識ですが、やはりゲームとして楽しむからには「楽しめる程度の報酬」で満足していたい物ですね。
 「欲張り物にはしっぺ返しが待っている」というのは、どうも御伽話だけの事ではない様ですね...?

如月翔也

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