【Game】:ゲーム論
このページではゲームについて、そしてゲームとしてのTRPGについて色々と考え、論じてみようと思います。
ゲーム論・目次
1.ゲームとは
2.楽しみとは
3.ギャップの利用
4.葛藤の存在
5.バランスの良さ
1.ゲームとは
TRPGとは、「テーブルトークロールプレイング
ゲーム
」の略です。
ゲーム
と付いている以上、TRPGはゲームの一種です。
では、
ゲーム
とはなんなのでしょうか?
国語の辞書的な意味での
ゲーム
という物を考えよう、という訳ではありません。
実際に、我々は何故
ゲーム
をするのか、という所を考えてみましょう。
サッカーやバスケットのプロ選手や棋士などを除き、基本的に
ゲーム
というのは(肉体的・知的を問わず)趣味、気分転換という意味合いで行われる物で、その目的は
「楽しむ事」
という一点に尽きます。
プロ選手や棋士の場合は、立場が逆転して(視聴者を)
「楽しませる」
という目的で
ゲーム
(試合・対局)を行います。
つまり、
ゲーム
という名前が付く以上、(実際に楽しいかどうかは別として)
楽しみ
を提供する・される事が目的である、という事です。
すなわち、
ゲーム
という物はプレイヤーに対して、
楽しみ
を提供する物である、という事ができる訳です。
如月翔也
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2.楽しみとは
では、次に、
ゲーム
はどのようにしてプレイヤーに
楽しみ
を与えるのでしょうか?
これも単純にまとめられます。
ゲーム
は、
感覚と感情
によって、プレイヤーに
楽しみ
を提供するのです。
例えば、スポーツの楽しみとは、「汗を流す事」「身体をクタクタにする事」「努力して勝つ喜び」「負ける悔しさ」などが代表的ですが、この全てが「感覚」か「感情」に根ざしているのがわかるでしょうか。
あるいは、知的遊戯の楽しみである、「緊張感」「息詰まる読み合い」「ひっかけに成功した時の喜び」「ひっかけられた時の悔しさ」なども、「感覚」か「感情」に根ざしています。
つまり、
ゲームの楽しみ
というのはいかにして
感覚と感情
を揺さぶるか、という一点が面白さに直結するのです。
如月翔也
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3.ギャップの利用
前にあげたように、
ゲーム
は、
感覚と感情
によって、プレイヤーに
楽しみ
を提供します。
そして、
ゲーム
という物の大半は、その
楽しみ
を拡大するための要素を取り入れています。
では、一般的に
ゲーム
では、どのようにして
楽しみ
を拡大するのでしょうか。
楽しみを拡大する為の方法の一つが
ギャップの利用
です。
お汁粉にひとつまみの塩を入れる事で甘みを引き出すのと同様に、やや弱い
楽しくない状態
を与える事で、
楽しい状態
を強く認識させるという方法です。
これは、トランプの「ババ抜き」で例えると、よく分かるでしょう。
「ババ抜き」は、最終的に「Joker」のカードを持っている者が負けるという、単純なゲームです。
このゲームで勝つには、「Jokerを引かない」「引いてしまったJokerを他人に押しつける」「いち早く手札をなくす」という3つのポイントがあります。
この1つ目のポイントである、「Jokerを引かない」という状態で、最後まで行ってしまったら...すごく面白くないのが想像できると思います。
また、3つ目のポイントである「いち早く手札をなくす」という事に関しては、それほど楽しい事ではないのはわかると思います(他のプレイヤーが自分からカードを引くたびに「楽しい」とは思わないでしょう?)。
そう、ババ抜きの一番
面白い
、
楽しい
部分は、2つ目のポイントである「引いてしまったJokerを他人に押しつける」事にあるのです。
では、何故「他人にJokerを押しつける」のが楽しいのか。
それこそが、
ギャップの存在
で説明できるのです。
Jokerを持っているという事は、「敗北する要素を持っている」という訳で、勝負にこだわる場合は
最悪の状態
であると言えます。
この
最悪な状態
は、プレイヤーに心理的なストレスを与えます。
そして、何とかして他のプレイヤーにJokerを押しつけるという、
明確な目標
ができます。
その目標に従って、上手く他のプレイヤーにJokerを押しつけたとしましょう。
プレイヤーは、単に「Jokerを持っていない状態」という、Jokerを引く以前と同じ状態に戻っただけで、なんら得ている物は無いのですが、心理的なストレスから解放されると同時に、
目標の達成
による
達成感
を味わいます。
その結果、「ざまぁ見ろ」などという甚だ不謹慎な感情になると同時に、
楽しさ
を味わう訳です。
これは、ストレスからの解放が、目的の達成による達成感を
増幅
している、という事なのです。
つまり、「ババ抜き」というのは最初にJokerを引いてしまった人がストレスを感じ、それを他人に押しつけて開放される、という「マイナスの発生」と「マイナスの打ち消し」の2つの要素を繰り返して楽しんでいる、という訳なのです。
この事から、マイナス状態から0になるという
プラス方向のギャップ
が、ババ抜きを
楽しい
ゲームとしている、という事になります。
どうでしょうか、
ギャップ
の存在が、ゲームをより
楽しく
する、という事を理解して頂けたでしょうか?
この
ギャップ
の存在こそが、ゲームの面白さを左右する要素の一つといえるのです。
如月翔也
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4.葛藤の存在
次に、
知的遊戯
では
必ず
と言って良い程に利用されている、
楽しみ
の要素を挙げてみましょう。
それは、
葛藤
の存在です。
複数の選択肢があり、その選択肢にはどれも一長一短がある、という仕組みを用いて、プレイヤーが「どの選択肢を選ぶか」という事を
深く考え
なければならない状態を作り出す事で、
考える
事、
判断する
事、そしてその
結果
を受ける、というプロセスを楽しませる方法です。
これだけではピンと来ないかも知れませんね。今度は、トランプを使った
賭け
ゲームの代表格、
ブラックジャック
を例にして、説明してみましょう。
ブラックジャック
とは、要するにトランプを使った数字合わせゲームです。
親と子の対戦、という形で行われるゲームで、以下のようなルールがあります。
ルール
1.カードの数字の合計が「22」以上ではなく、最も「21」に近い者の勝ち。
2.カードは最初に2枚配られ、2枚目以降は「表」にして場に出される。
3.子の場合、3枚目以上を引くかどうかは自由に決められる。
4.「絵札」は10と読み、「A」は1か11と読む(自由に決めて良い)。
その他に、「親の引き足し」のルールや、「5枚以上引いても22以上にならなかった場合」などの特殊ルールがありますが、ここでは関係ないものと見なして割愛します。
つまり、ブラックジャックは、親の2枚目のカードを見て、自分のカードとどちらが有利かを考えて、
カードを引き足す/引かないの判断を行う
ゲームといえます。
このゲームで一番面白い所は、もし、カードを引き足した場合、以下の2つのポイントを守れるかという判断を行う所です。
ポイント
1.親よりも自分のカードの組み合わせの方が「21」に近い。
2.カードの組み合わせが「22」を越えない(バーストしない)
例えば、自分のカードは「9」と「7」だったとしましょう。
そして、親の見えているカードは「A」だったとします。
自分の合計は「16」です。しかし、親は「A」を出しており、伏せている親のカードが「5」以下でない限りは、
自分の負け
になってしまいます。
しかし、親の伏せカードが5以下である事は確率的にほとんど無い、という事が分かります。
確実に勝つ
には、カードを引き足さなくてはいけないのは一目瞭然です。
しかし、カードを引き足した場合、そのカードが「5」以下でない限り、カードの合計が22を越えてしまい、バーストとなって負けてしまうのです。
ここに、
ブラックジャック
の面白さがあります。
親の伏せカードが5以下である事を信じて
カードを引かない事を選ぶ
のか、それとも、自分の引くカードが5以下である事を信じて
カードを引く事を選ぶ
か。
どちらにせよ、勝算はあまりない賭けではあります。しかし、
どちらかを選ばなければならない
のです!
この時、プレイヤーは非常に
葛藤
し、そして
判断
します。
葛藤
して
判断
した結果が、大当たりだったとしたら、それは
素晴らしく嬉しい
でしょう。
残念にも判断を誤り、負けたとしたら、それは
もの凄く悔しい
でしょう。
あるいは、どちらの判断も間違いであり、最初から負ける事が決まっていたとしたら、
この上なく腹が立つ
でしょう。
そう、
ブラックジャック
はプレイ中の判断に
葛藤
という要素を盛り込む事により、プレイヤーの
感情の起伏
を
増幅
しているのです。
そして、
ゲーム
の
楽しみ
とは、
感情を揺さぶられる事
にある、という事はこのゲーム論で述べたばかりの事です。
このようにして、
ブラックジャック
という
ゲーム
は、
葛藤
によって
感情を揺さぶり
、とても面白いゲームだと感じさせているのです。
どうでしょう、プレイヤーに
葛藤
させる事で、
考える事
・
判断する事
・
決定する事
が途端に面白くなる事がおわかり頂けたでしょうか?
この
葛藤
という要素は、ゲームの面白さを増幅し、あるいは左右する、重要な要素の一つなのです。
如月翔也
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5.バランスの良さ
では、
「面白いゲーム」
には必ずある物について考えてみましょう。
「面白いゲーム」
と
「面白くないゲーム」
を分ける重要な要素の一つに、
バランスの良さ
という物が挙げられます。
この
バランスの良さ
というのは難しい考え方で、
数値的なバランスの良さ
から
取りうる選択のバランスの良さ
までを含む要素なのですが、これをひとくくりにして言える事が2つだけあります。
1つ目は、
バランスが偏り過ぎていてはいけない
という事です。
数値的・戦略的
に
明らかに有利であり、有利すぎる
という選択があった場合、それは
選択肢が無いのと等しい
のです。
これは、
ゲーム
と名の付く物のほとんどが
競い合う
という物であるため、
勝つ
為には
有利な選択
をする事が当然であるからです。
色々な選択肢の中で、
どれが最も良いか
という事を考える事、すなわち
葛藤
がないと、ゲームは途端につまらなくなってしまうものなのです。
2つ目は、
バランスが整い過ぎていてはいけない
という事です。
選択肢がいくつあったとしても、どの選択も
数値的・戦略的
に
有利・不利がない
場合、結果としては
どれを選んでも一緒
であり、
選択する意味がない
、つまりは
選択肢が無いのと等しい
事になってしまうからです。
これも、プレイヤーに
葛藤
や
判断
、
決断
といったファクターを与えない為に、ゲームとして面白くなくなってしまうのです。
上の2点を踏まえて、
「面白いゲーム」
という物を見てみると、そのほとんどが
バランスが適度に良く、かつ、アンバランスな部分が残っている
物である事がわかると思います。
ゲームの「バランスの良さ」というのは、むしろ「”バランス”のバランスの良さ」という、複雑な物と言えるかも知れませんね。
如月翔也
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