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037.自由と束縛
- さて、この[Tribe]では「TRPGはリアルなのが面白い!」という事を色々な形で言い続けています。
- リアルな表現の為のアプローチというのはそれこそ無数にありますが、その中で、「世界のリアルさ」というアプローチがあります。
- 今回は、その「世界のリアルさ」というアプローチの中から、1つのアプローチ方法について考えてみたいと思います。
- 私たちが生きる現実世界においても、小説や映画などで提供される幻想世界においても、それを実にリアルにしている1つの要素があります。
- それは、「1人の人間(キャラクター)が、全てを思うようにはできない」と言う事です。
- これは、現実の世界では当然の事ですし、幻想世界においても物語的な面(「障害」と「克服」という重要な要素の事ですね。この場合は「障害」にあたります)から、「キャラクターの思うとおりにはならない」世界であるのが普通です。
- また、ゲーム性という点から見ても「思うようにはできない」という制限があるからこそゲームになる、という事実がありますから、これは「現実」「物語性」「ゲーム性」という3つの要素においても重要な要素である事が言えるのではないかと思います。
- さて、ここに1つのTRPGの「うたい文句」があります。
- 「TRPGとは、幻想世界の中で、キャラクターが自由に行動できるゲームです」
- これは、全くの真実です。
- キャラクターは「羽もないのに自分の肉体能力のみで空を飛ぼうとする」事が(明らかに失敗するでしょうが)できますし、あるいは「善良な農家の老人を殺して金を盗む」事も(9割方キャラクターは犯罪者として追われる身になりますが)できるのです。
- これは、現実世界でも一緒ですね。
- 現実世界でも、本当は「自由に行動する」事はできます。
- が、「自由に行動する」と言う事は、すなわち「自分で責任を取る」という事でもありますから(現実世界では、権利を行使した者には義務が負わせられます)、「自分で責任を取りきれない」様な行動を控えているだけの事なんですね。
- さて、「うたい文句」の通り、TRPGは「自由に行動できるゲーム」です。
- しかし、「リアル」である以上、「物語」である以上、「ゲーム」である以上、明らかにすべきでない行動という物があるのです。
- 世界が世界として機能する以上、その世界の常識的に、禁忌(タブー)とされる行動、という物があってしかるべきなんですね。
- 禁忌(と処罰)のない世界は最終的には「無法地帯」になってしまいますから。
- 犯罪を犯せばそれなりの刑罰が待っていますし、自己中心的であれば周りに敬遠される、そんな世界が普通の(リアリティのある)世界である、という訳ですね。
- この「自由にできるが、すべきでない行動」というものの存在は、TRPGに厚みを持たせてくれます。
- モラルや刑法、あるいはマナーというものは1つの「制限」としてキャラクターを縛る物なのですが、これにこだわったり、あえてそれを無視する事で、1人のキャラクターに人格的な厚みを持たせると同時に、世界に厳格なリアリティを持たせる事ができるのです。
- キャラクターを自由に表現する事、というのは、キャラクターに好き勝手に行動させる事ではありません。
- むしろ、「好き勝手な行動をする」キャラクターというのは、それがアンチテーゼではない限り、リアリティの薄い「漠然とした」キャラクターに過ぎない、という事なのです。
- 貴方も、TRPGを「自由」に楽しむ、という事について、ちょっと考えてみませんか?
- きっと、「束縛」と「自由」の関係について、面白い考察ができると思いますよ。
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