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061.公と個

 人間という生き物は、実に様々な物からできています。

 例えば喜怒哀楽という感情のバランス、理論と感情のバランス、生きてきた中で培った経験、あるいは忘れられない想い出。
 そんな色々な物が一つになったのが、「その人」という存在です。
 その色々な物というのが「その人」が「その人」である唯一の理由であり、「その人」を「その人」らしい「その人」として個別化してくれるのです。

 さて、そんな色々な物の集合体である人間ですが、その人をその人らしくしている要素の一つに、「公と個のバランス」というものがあります。
 今回は、「キャラクターを表現する為の手法」の一つとして、「公と個のバランス」について考えてみましょう。

 人間というのは、簡単に考えると2つの自分を持っています。
 一つは仕事や社会の中での役割を通して、「社会的存在」として認められる公の自分。
 もう一つは自分だけが知っている、内面の葛藤や剥き出しの感情を持った「非・社会的存在」としての私の自分です。

 例えば、友達と話していて気に触る事があったとしましょう。
 最初に、貴方は「コイツ、ブン殴ってやろうか」と思います。
 しかし、同時に貴方は「友達を殴るのはマズイ。ここは注意するだけで済ませよう」と考えます。
 この場合、最初に「殴る」と思ったのが「私の自分(あるいは本当の自分)」で、「友達を殴るのはマズイ」と思ったのが「公の自分(あるいは友達としての自分)」になります。

 この例えで分かる様に、人間には「本当の自分」と「〜としての自分」の2つの自分を持っていますし、持っていなくてはならないのです。

 さて、この命題自体は非常に良い論考の対象となり得る物だと思うのですが、[Tribe]では関係ないので「そういうものである」にとどめておきましょう。

 さて、これをファンタジーTRPGのキャラクターに置き換えてみましょうか。

 戦士ジャンというキャラクターがいるとしましょう。
 彼が人間として存在する為には、絶対に「本当のジャン」と「戦士としてのジャン」の2つの自分を持っていなければなりません。
 例えば、ジャンは「犬が恐い」という設定だったとしましょう。そんな彼が「猛犬」というモンスターと出会い、彼を含むパーティと戦闘が始まってしまいました。
 その時、ジャンの中の2人のジャンはこの様に考えているはずです。

 本当のジャン:「犬は恐い!頼む、誰か、何とかしてくれ!」
 戦士・ジャン:「モンスターと戦うのは戦士の仕事だ、ここは俺が前に出ないでどうする!」

 この時、ジャンは「犬が恐いジャン」として、「助けてくれぇ!」と逃げ回るでしょうか?
 あるいは、彼はただの「戦士であるジャン」であり、「俺に任せろ!」と叫び、恐れずに戦うでしょうか?

 普通に考えれば、「恐れながらも前線に出る」という所でしょう。
 これが、「公と個」のバランスの基本なのです。

 当然、ジャンも人間ですから、気合いだけで「戦士・ジャン」になる事もできるでしょうし、あるいは恐怖心に負けて「本当のジャン」として戦闘から逃げ出す事もあるでしょう。
 しかし、それはあくまで「まれに、そう言う事も許される」範囲でしかないのです。
 「公」だけの人間は存在できませんし、「私」だけの人間は社会に適応できないのですから。

 そう、現実世界の人間と同じく、TRPGのキャラクターも「リアルな公と個」を持っていてしかるべき存在なのです。
 TRPGを長くプレイしていくと、どうしてもこの「公と個」のバランスが偏りがちになってしまいます。
 しかし、この「公と個」を上手く使う事で、どんなシステムであろうとも「バランスの良いキャラクタープレイ・ロールプレイ」が出来る様になるはずです。

 貴方も一度、貴方のキャラクターの「本当の自分」と「〜としての自分」を考えてみませんか?
 きっと、そのキャラクターが、今にも目の前に現れそうなリアルさを感じ取る事ができると思いますよ..?


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